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大阪高等裁判所 昭和25年(う)2413号 判決

控訴人 被告人 郡是製糸株式会社 外一名

弁護人 中江源 外四名

検察官 折田信長関与

主文

被告会社に対する原判決中判示第一に関する部分を破棄する。

原判決中判示第二に対する被告会社の本件控訴を棄却する。

本件公訴事実中原判示第一に関する部分については被告会社に対し刑を免除する。

被告人横山清松に対する原判決はこれを破棄する。

同被告人を懲役六月に処する。

但し本裁判確定の日より弍年間右刑の執行を猶予する。

原審の訴訟費用は同被告人と被告会社との連帯負担とする。

理由

本件控訴の理由は末尾添付の被告人両名の弁護人中江源、同溝淵春次、同阿南主税、同清瀬一郎、同柏原武夫提出の各控訴趣意書及び控訴趣意補充書記載の通りである。

一、弁護人溝淵春次第四点、弁護人阿南主税第一点(補充書第一点共)、弁護人柏原武夫第一点(補充書共)について、

論旨はいずれも要するに、原判決は法人税法第四十八条の逋脱犯が国税犯則取締法第十二条の二の規定による収税官吏の告発を訴訟条件とする犯罪であるのに、この告発なくして為した不適法の公訴請求に対し実体的審理判決を為した違法があると主張するのである。(以下昭和十五年法律第二十五号法人税法を旧法人税法又は旧法と、昭和二十二年法律第二十八号法人税法を法人税法又は法と、昭和二十五年法律第七十二号による改正後の法人税法を新法人税法又は新法と略称する。)

要するに国税犯則取締法はもと間接国税犯則者処分法と称せられ、間接国税に関する犯則事件についてのみ適用されていたのであるが昭和二十三年七月七日法律第一〇七号(所得税法の一部を改正する等の法律)によつて、その適用範囲を通告処分に関する規定を除き直接国税犯則事件にまで拡張するに至り同時に同法の題名を現在の通りに改め、第十二条の二として「収税官吏ハ間接国税以外ノ国税ニ関スル犯則事件ノ調査ニ依リ犯則アリト思料スルトキハ告発ノ手続ヲ為スヘシ」との条項が附加されたのである。

およそ、法が特別法において特定の罪について当該官吏や当該機関の告発を訴訟条件とする趣旨の規定を設ける場合には普通一般的には「何々の罪は何々(当該官吏又は機関)の告発を待つてこれを論ずる」という形式で表わされる。(例えば独占禁止法第九六条第一項事業者団体法第一六条第一項等)それゆえに法が単に「直ちに告発を為すべし」とか「告発しなければならない」と規定する形式によつた場合(例えば国税犯則取締法一三条一四条一七条議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律八条経済調査庁法二六条)には、その告発が訴訟条件であるかどうかは当該規定の文言自体によつては少しも明らかにされていないので、その規定の趣旨を解明した上之を決定しなければならないのである。換言すればこの場合にその告発が訴訟条件であると解するにはそれに相当する合理的根拠例えば国税犯則取締法の間接国税犯則事件における通告処分の先行とか議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律における国会自治の原理と云うように強力な理由が存在しなければならないのである。ところで従来間接国税犯則事件について告発の規定を設けながら直接国税犯則事件についてこのことのなかつたこと自体が既に租税犯則事件において間接国税たると直接国税たるとを問わずその全体を通じて当該官吏の告発を訴訟条件とすべき必然的本質的な理由の存在しないことを示すのである。かように間接国税犯則事件において告発を訴訟条件と解すべき理由は、原則として通告処分と云う特殊な手続が先行し、通告の趣旨が履行されたときは、もはや刑事訴追が許されない(同法一六条)ことを唯一の根拠とし、その他に合理的理由が存在しない以上通告処分の規定が適用されない、直接国税犯則事件については同法第十二条の二に規定する告発は訴訟条件ではないと解すべきは理の当然である。このことは同条は「収税官吏は云々」と規定し、直接国税犯則事件については告発をなす権限を有する者は収税官吏であるのに、間接国税犯則事件については原則として国税局長又は税務署長に限られているのと対立し、しかも本条の場合の告発は、犯則事件の調査により犯則ありと思料するときは、事務的に機械的になされなければならないのであつて、その間に情状等により取捨判断する余地はないことからも理解されるのである。従来の判例が訴訟条件と認めている二つの場合、即ち間接国税犯則事件の場合と議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律第八条の場合とを綜合して考察してみるに、いずれの場合においても、告発をしない例外の場合を法が認めている点が共通の特徴であることを見逃してはならない。

告発の権限を有している者に告発をしない場合を認めているからこそ、検察官が刑事訴追をするに当つては、告発を待つ必要があるのである。このことが即ち告発が訴訟条件となつているということに外ならない。然るに間接国税以外の国税に関する犯則事件の場合や経済調査庁法二六条の場合には法は告発をしない場合を認めていないのである。

従つてこれらの場合においては、検察官の刑事訴追が告発の有無によつて左右されねばならないものとする法制上の根拠がない。

論旨はこの告発は訴訟条件であると主張しその理由として

(一)  捜査機関ではない収税官吏の告発は一般官吏の義務的告発を規定した刑訴二三九条二項によつて十分まかない得る筈であるのに、更に本条でこれらの者の告発義務を重複して規定した所以は即ち、告発を訴訟条件とする趣旨と解する以外に之を合理的に理解し得ないと云うけれども、本条はその新設と同時に捜査機関ではない収税官吏に同法にいわゆる「調査」と云うその実質においては犯罪の捜査と少しも異るところのない権限を認めたことに相表裏する規定であつて、調査権の拡張を認めたが故に、その調査の結果について官吏の採るべき処置を明確にする意味において、捜査機関の事件の送致と同趣旨を表現したものと考えられるのである。この理は経済調査庁法二六条にも見えるところであつて、この場合の告発は全くの注意規定でこれを訴訟条件なりと解すべきでないことは所論もこれを肯定するところである。

(二)  国税犯則取締法は犯則事件の調査、証拠物件の押収領置等について収税官吏のみにその権限を認め、警察官吏は収税官吏の調査を援助する程度を出ない(同法五条)と云うことを理由とするけれども、この援助は収税官吏の職務行為そのものの援助ではなく、収税官吏の職務の執行に対する外部的障害を排除するための援助にすぎないから、同法第五条の規定は通常の捜査機関の犯罪捜査権を排斥するものではない。

(三)  通告処分制度があるから、間接国税犯則事件においては告発が訴訟条件であると云うのは理由とならない。何となれば間接国税犯則事件の中には通告処分をせずに直ちに告発し得る場合がある(同法一三条一四条二項一七条二項)からであると云うけれども、間接国税犯則事件については通告処分及び告発の両手続がともに履践されることが原則である。所論はこの原則を度外視し、特殊な例外をあげて、原則から導き出された妥当な結論を非難するにすぎない。

(四)  直接国税には通告処分制度はないが実質においてはそれに準ずるものとみるべき通知制度すなわち加算税及び追徴税の納付通知があると云うけれども、間接国税犯則事件においては明文を設け「犯則者通告ノ旨履行シタルトキハ同一事件ニ付訴ヲ受クルコトナシ」(同法一六条一項)と規定しているに対し、直接国税犯則事件においてはかような明文が存せず所論通知制度は憲法第三十九条に云う「刑事上の処罰」ではないから、所論通知制度と逋脱犯に対する刑罰科刑権が併存するものと解すべき点において両者の間に著しい差異を見出すのである。即ち前者において告発を訴訟条件とするのは若し訴訟条件でないとすれば通告を履行して公訴権の消滅した事件について更に公訴を提起し、裁判所もこれを知らずに有罪の判決を言渡すような不合理を生ずるのであるが、後者においてはこのことは存しないから、所論通知制度の存在を援用する主張は首肯し難い。

二、弁護人中江源第二点(三)、弁護人溝淵春次第二点、弁護人阿南主税第六点(イ)、弁護人柏原武夫第五点について、論旨は要するにいずれも法人税法第二十一条による中間事業年度の申告はその性質上概算申告と云うべきものであり、同法第四十八条の逋脱犯は成立しないと主張するのである。

案するに中間事業年度の申告には同法第二十一条第二項により第十九条第二項が準用せられる結果、同法第十八条第二項が準用せられる法定事業年度における確定申告とは差異あることは所論の通りである。しかしながら、中間事業年度は同法第二十一条第一項により法人税法の適用については(事業年度とみなされ法定事業年度と何等区別されず、又その申告の性質は所得税法における予定申告の如く将来の所得の予定を申告するものとはちがい、既に経過した過去六個月の収支を帳簿により計算して所得を算出すべきものであつて予定申告とはその本質を異にしており、法第十九条第二項及び法人税法施行規則(昭和二十二年勅令第百十一号)第二十六条によればその計算に関する明細書及び当該事業年度終了の日における貸借対照表並に概算による損益計算書の添付も要求せられ、過去六個月間における所得金額をでき得る限り正確に算定すべき義務を負うているのである。このことは法第二十五条に規定する修正申告に関する規定からも看取される。即ち、中間申告においては確定申告におけるが如くこれに添付すべき書類は株主総会の承認又は総社員の同意その他これに準ずるものの承認を必要としないと云うだけであつて、中間事業年度を経過する日を以て諸帳簿の閉切をなし、帳簿上一応打切決算し財産目録、貸借対照表、損益計算書を作成し所得金額を計算すべく、確定申告と同様一定の期間内に申告し申告すれば直ちに納税すべく若し怠れば督促並に滞納処分を受くべく中間申告を遅滞し又は怠れば加算税追徴税を課せられるのであつて罰則の規定においても所得税法のそれとは異なり右両者を区別していないのである。

従つて法第二十一条第一項は法人の定めた事業年度を法人税法の適用上即ち徴税上二分したものと解すべく中間申告による納税義務は同条によつて新しく認められた独立の義務であつて法人が自己の営業上設けた事業年度は徴税の目的上否定せられたのである。従つて法第四十八条の適用上中間申告の場合は確定申告と同様に逋脱犯の対象となると解すべきである。仮りに所論のように中間申告に法第四十八条の犯罪の成立を否定すれば所得税法において、中間申告よりも強制力のすくない予定申告について所得税法第七十条第一号において虚偽申告罪の成立を認めているのと対比して著しく権衡を失することとなるのである。また仮りに本件の中間申告が概算申告的の性質を有するものであるとしても、概算申告については常に逋脱犯は成立しないと一概に論じ去るわけにはいかない。いうまでもなく、概算申告は申告期限までに決算が確定しないときにするものであつて、後日その決算が確定したときは、いわゆる確定申告をするものであるから概算申告当時に客観的事実に反する申告をしても、これによつて直ちに逋脱の犯意の存在を認めることは、多くの場合において困難であることは否めない。しかし概算申告当時明らかに一定の利益の存在することを確知しながら、ことさらにこれを秘匿して課税の対象となることを回避する手段を講じているような、逋脱の意図の極めて明白な場合でも、なを概算申告であるの故を以て逋脱犯の成立を認めないのは、法人税法の規定の趣旨に反する解釈である。法第二十六条は概算申告についても申告と同時に税金納付の義務を課しており、法第四十八条の罰則は全ての申告につき適用ある建前を採つている。要するに概算申告当時に逋脱の犯意を認めるかどうかは結局事実認定の問題にすぎないものと考える。しかして本件各中間申告当時の事情については、原判決挙示の証拠によると、被告人横山が本件別口勘定を秘匿して、これを課税の対象として申告することを積極的に回避する手段を講じていた事実を明白に認められるのである。(後記五の説明参照)本件別口勘定を本勘定に繰入れたり本件別口勘定を以て特殊損失の補填に充当することを主張したりすることは、いずれも本件発覚後の彌縫手段にすぎないものと認める。

従つて原判決が本件中間申告について逋脱犯の成立を認めたことは正当である。

所論は新法人税法第十九条第一項本文の規定を援用し、この規定は中間申告が法人税の確定前に概算により、税金の支払のみを認め法人の事業年度の納税義務の確定たる所得金額とは関係のないことを明らかにしているものと云わねばならぬと云い或は新法第四十八条を援用し中間申告の場合を除外しているのは改正前においても中間申告がその性質上逋脱犯の対象とならないのであるが、この点疑を容れる余地をなくするため条文に特に明記したものであると云うのであるが新法第十九条第一項本文はその但書と併せて理解すべきであつて、同条第一項は従来の方法による中間申告の外に前年度実績による予定申告納税制度を採用し、これを原則的方法としたのであつて即ち前年度実績を基準とする予定申告か又は従来のように事業年度開始の日から六個月間を一事業年度とみなし中間決算をなしその実績による中間申告かいずれかの方法により中間申告をなすことができるので、この本文だけを挙げて中間申告は常に当該事業年度の所得金額とは無関係であると云う主張は首肯し得ない。又新法による中間申告は前年度実績による予定申告と中間の決算による中間申告とを併用し、もし法人がそのいずれも申告期間内に提出しなかつたときは当該申告期間経過のときにおいて前年度実績による予定申告書を提出したものとみなされ(同条第五項)中間申告書の提出が強制されないので、この新法による改正に照応して中間申告は新法第四十八条から除外され、その代りに六個月打切り決算による中間申告のみについて虚偽申告を処罰する新法第四十九条第一号の罰則が設けられたのであるから、この改正の経過と従来所得税法第七十条第一号に相当する新法第四十九条第一号が存しなかつたことにかんがみるときは却て法第四十八条において中間申告を明文を以て除外していない以上は中間申告は同条の逋脱犯の対象となるものと解すべきである。論旨は理由がない。

三、弁護人は阿南主税第六点(ロ)及び弁護人清瀬一郎第三点について、

論旨は被告会社は特別経理会社で昭和二十一年八月十一日より企業再建整備法による新旧勘定併合の日までを一事業年度として決算を行い之を株主総会に附議して承認を得、始めて確定せられるものであることは企業再建整備法第四十条の二の規定するところであるから、その申告は法人税法第十九条の概算申告の性質を有し、中間申告と同様逋脱犯の対象とならないと主張する。しかし企業再建整備法附則(昭和二十一年法律第四十号)第二項において「第四十条の二の規定にかかわらず、法人税法の適用については、定款に定める事業年度の終了の日において事業年度が終了したものとなす」と規定している。即ち法人税法上は新旧勘定併合の日は事業年度終了の日とは認めないので、定款等に定める事業年度ごとに決算し、その都度申告納税しなければならないのである。決算が確定しないと云うことは株主総会に附議し、その承認を得ないと云うだけのことであつて、申告納税すべき以上事業年度ごとに諸帳簿の閉切をなし、財産目録、貸借対照表、損益計算書を作成し、当該事業年度の所得金額をできる限り正確に算定しなければならない。会社経理応急措置法第十六条によれば特別経理会社も会社の事業年度毎に新旧勘定別に財産目録、貸借対照表、損益計算書の作成を要求されている。それゆえに所論別口勘定の如き資産譲渡による利益金はあくまでも法人税法第九条の規定により計算すべく、所論内規主秘第二四号通牒二の(十)は唯それが確定した決算ではないがため原価償却評価損、繰延資産等の訂正を意味するものであつて所論のように別口勘定を設け新旧勘定併合の時に之を本勘定に併合し一括申告することを許容するのではないものである。仮りに所論のような方法が許されるものとすれば何人もでき得る限り故意に別口勘定を設けて、申告納税の時期を次々と遅らせ、最後に一括申告をすることとなるべく、かくては法人税法第十九条の規定の趣旨が没却せられある一定期間租税収入の大宗たる法人税収入を殆んど喪失し国家の財政上好ましからざる結果をもたらずであろう。之を要するに特別経理会社といえども法人税法の適用上は前記附則二項により企業再建整備法の指定日後新旧勘定併合の日までを一事業年度として取扱う旨の規定を排除して法人税法の規定に復元したのであるから、あくまでも法人税法の規定によつて律すべく、中間における申告は法人税法第四十八条の適用を免れないのである。論旨は理由がない。

四、弁護人中江源第二点(一)(二)(四)、弁護人阿南主税第四点(補充書第四点共)第五点、弁護人柏原武夫第四点について、

論旨はいずれも要するに原判決は逋脱犯の構成要件の観念を誤解し本件に対し不法に旧法人税法第二十九条及び法人税法第四十八条を適用した違法があると主張するに帰するのである。案ずるに法人税逋脱犯の構成要件として納税義務者が法人税を免れたことと、それが詐偽その他不正の行為によるものであることの要件を具備せなければならないことは所論の通りである。ところで一般に租税債務は各税法の規定する課税要件の完成した時に成立する。即ち法律の定めるところにより課税標準を計上し、税率を適用して課税せられ得べき状態を生じた時に租税債務は成立するものと解せられ、法人税法について云へば課税標準計算の期間たる事業年度終了のときに課税要件は完成し、租税債務が成立するものであつて、その租税債務の内容は事業年度の終了と共に客観的には確定しているけれども、これを具体的に幾許であるかと確定するにはその後の計算によつて之を発見するの外はないので旧法人税法のように賦課課税制度の下においては納税義務者は所得金額等の課税標準について申告の義務を命ぜられているがそれは政府の課税上の調査資料としての性格を有するにすぎず、政府は必要な調査を行つた上税額を決定するので、ここに租税債務の内容は具体的に確定するものと云うべく、法人税法のように申告納税制度の下においては課税標準の計算期間たる事業年度終了後一定の期間内に納税義務者が自ら所得金額を発見しこれに税率を適用し税額を算出し、自主的に申告し、納税することとしているので、この申告と同時に租税債務の内容は具体的に確定されるのである。この賦課々税は申告納税と云う過程を経て租税債務はその内容が確定し、納税により債権としての満足を得られるのであるが、事業年度の終了と共に客観的に確定している租税債権を具体的に発見確定せしめる過程において、その発見を誤らしめ、又は誤つたままにしておくことになれば租税債権は真実に反し、真実より少ない数額において具体的に確定されることになり、ひいて税の収納もそれだけ減少すると云う結果を生ずるのであるから「税を免れた」とは法人税の収納を減少させる結果を生ぜしめる事実を発生せしめたことと解するを相当とする。そして税を免れたと云う結果は「詐偽その他不正の行為」によつてなされたものであることを必要とすることは多言を要しないがここに不正行為とは逋脱の目的を以てなすところの逋脱を可能ならしめる一切の行為を云い、故意に過少に算出した虚偽の申告書の提出ほど明白にこれに該当するものはなく、申告納税制度の下においては虚偽の申告そのものが直接的に税額を過少に確定せしめ税の収納を減少させる結果を生ぜしめる事実自体であるから因果関係の存在は極めて明白であつて、この場合逋脱の既遂犯は申告と同時に成立し賦課々税制度の下においても申告そのものが政府の決定の資料となるのであるから、租税債務が政府の決定によつて確定するからとて直ちに申告と租税収納を減少せしめることの間に常に当然に因果関係がないのであつて、個々の具体的場合につき証拠に基き判断すべき事項で、この場合既遂犯は政府の決定と同時に成立するのである。この法人税逋脱犯の構成要件に関する所論はいずれも独自の見解であつて、首肯し難い。

五、弁護人中江源第三点第四点、弁護人溝淵春次第一点、弁護人阿南主税第三点(補充書共)について、

論旨は原判決は被告人横山清松に逋脱犯の構成要件たる法人税を免れんとする犯意の有無の認定につき事実を誤認し、且つ証拠によらないで犯意を認定した違法があると主張するのである。

案ずるに会社がその経理の必要上別口勘定を設け且別口勘定帳を作成することは法令上自由であり、これを禁止した法令はないから、会社が会計組織の都合上別口勘定を設ける目的があり、それ相当の理由があれば、脱税の目的で別口勘定が作られたと云うことが二重帳簿作成当時の四囲の状況から証拠上判定されない限り、別口勘定を設けることそれ自体を以て脱税の意図あるものと認定することのできないことは所論の通りである。しかし、原判決も所論別口勘定を設けたこと自体を以て直に脱税の意図があつたものとは認定していないのである。即ち、原判決は「本店等の機密的な費用の財源に充てるため別口勘定を設けた」旨判示し、「被告人が別口勘定を除外した法人税申告書及び添付書類を提出した」点に脱税の目的を認定しているのである。それゆえに所論は原判決の認定しない事実をあげて証拠がないとか、事実の認定を誤つているとか主張するものであつて、非難の的がはずれている。ところで犯意とは罪となるべき事実を認識しながら、敢て之をなす意思を云うのであるから、所論のように法人税逋脱犯の犯意は自己の具体的行為が法人税法に定めた納税義務を免れしめて以て国家の徴税権を侵害することを認識しながら敢てこれを為す行為又は不行為であると云つて差支えないであろう。法人税法によれば法人税は各事業年度の所得について課せられ法人の各事業年度の所得は各事業年度の総益金から総損金を控除した金額によるのであつて、法人が少くとも事業による利益があり、それが課税の対象外におかれる正当の理由がない限り、その利益は法人税の課税標準となることは明白であるからたとえ所論のような理由により別口勘定を設けたにせよ、その利益金は課税標準から除外されるべき理由はなく、各事業年度において別口勘定による利益金の存在についての認識があり、現にその利益金の数額が原判決認定のように各事業年度において相当多額に上る以上これを除外した財産目録、貸借対照表、損益計算書等を添付して本勘定の所得のみについて所得の申告をすることはすなわち脱税の認識があつたものと認められるのである。そして被告人横山清松が別口勘定の利益金の存在と法人税申告の際別口勘定の利益金が算入されていないことを認識していたことは同被告人の原審公判廷における供述に徴し極めて明白であるから、原判決の認定は正当である。所論は特別経理会社の特質を論じ別口勘定を新旧勘定併合の時まで未精算として繰りのべても納税上別に差支えなく許されたものと考え之を除外して申告したまでであつて脱税の意思はなかつたと主張するけれども、さような常識に反する考え方は被告人横山清松の地位身分に照らし到底措信し難く、仮りに真実さように考えていたとしても、それは同被告人の独断に出た法律上の誤解であつて犯意を阻却するものではない。論旨は理由がない。

六、弁護人阿南主税第二点及び弁護人柏原武夫第二点について、

論旨は原判決は起訴状による本訴因に対し、予備的訴因の追加請求があつたのに予備的訴因に対する公訴事実の同一性について判断を示さず、且つ本訴因により裁判をしなかつた理由を附せないで予備的訴因について裁判をした違法があると主張する。

しかし記録を調査するに、本訴因も、予備的訴因も共に、被告会社の昭和二十一年八月十一日から昭和二十二年三月三十一日までの事業年度に対するものであるから、たとえ数額に相当の差異あるにせよ、公訴事実の同一性を害するものではない。そして裁判所が審理した結果予備的訴因について有罪判決の言渡をした以上は、それはその反面において、公訴事実の同一性を認めしかも本訴因を排斥した趣旨をも表明して居るものと解し得られるから、この点に関し改めて判決理由中にその旨を説明する必要はないものと解する。原裁判には所論のような違法は存しない。

七、弁護人柏原武夫第三点について、

論旨は原判決は検事が起訴した被告人横山清松に関する公訴事実訴因第一の事実につき法令の適用を誤り判断を遺脱した違法があると主張する。

案ずるに、原判決が採用した予備的訴因の第一を検するに「被告人横山清松は被告会社の業務に関し云々」と記載し居ることは所論の通りであつて、この記載のみからすれば第一事実についても検事が被告人横山清松を起訴したもののように見える。しかし、起訴状によれば、「第一、前記横山清松は云々」と記載し、第二以下は何れも、その冒頭に「被告人横山清松は云々」と記載し、しかも訴因第一に関する罰条として特に「法人において租税及び葉煙草専売に関し事犯ありたる場合に関する法律第一条」と掲げているので、これによつて之を見れば訴因第一については被告人横山清松を起訴していないものと解するを相当とする。それゆえに論旨は理由がない。

八、弁護人溝淵春次第三点及び弁護人阿南主税第七点について、

論旨は原判決は訴因第一について旧法人税法第二十九条但書による免責条件に該当する事実はないと判示しているが、この判示は公判において取調べた証拠にあらわれた事実を確認し、同条但書の規定を不当に排斥した違法があると主張する。

よつて、記録を調査するに証人山崎利夫(国税査察部第二課第二係長)同惣川豊(同第二係員)同南部竹雄(同)の証言として所論摘記のような供述が存し、これらの証言によれば昭和二十三年九月一日大阪財務局に国税査察部が創設され大会社を調査した結果どこの会社も終戦後のインフレによつて相当な利益を上げているがその大部分は別途勘定として一様に法人税の申告書から除外されていたので、被告会社もその通りであると考え昭和二十三年十二月二十日頃調査に赴き、調査に着手しているうち、山崎係長は会社の経理課長及び経理部長から別口勘定に関する別口金銭出納簿(検第十三号の一)の任意提出を受け、それと相前後して会社監査室におて南場が社員に対し書類の閲覧を求めたところ、少しも拒否するところなく書棚の中にあると云うので、その同意を得てその中から別口勘定に関する工場別売上勘定元帳(検第十九号)を発見し、之を惣川の手を経て山崎係長に渡した事実が認められる。即ち、山崎係長等は被告会社に対する確固たる法人税法違反の嫌疑を抱くに足る証拠があつて臨検したものではなく、唯他会社を調整した実績から被告会社にも同様な事実があるかもしれぬと云う、漠然たる予測を以て任意調査に赴いたところ、調査着手後とは云え被告会社側より進んで別口勘定に関する帳簿を提出してその調査に協力しているのである。かような場合も犯罪が官に発覚しない前犯人自らその犯罪事実を官に告知したもの、すなわち、自首に該当すると解するを相当とする。原判決は旧法人税法第二十九条但書の規定の適用を不当に排斥した違法があつて、破棄を免れない。被告会社は公訴事実第一(原判示第一の事実)については自首によつてその罪を問はれない、すなわち刑を免除すべきである。論旨は理由がある。

九、弁護人中江源第一点について、

論旨は原判決は刑訴第三三五条第二項の法律上犯罪の成立を妨げる理由を主張しているのにこれに対し何等の判断を示さない違法があると主張し、被告会社は法第二十九条の更正決定に基き法人税追徴額追徴税加算税を所定期間内に完納しているので、この法律上犯罪の成立を妨げる事実の主張に対し判断をしていないと云うのである。

しかし申告納税制度の下においては納税義務者は自らの課税標準と税額を決定して申告すると同時に各税額を納付するものであるから、納税者が故意に虚偽の申告書を提出したときは既にこの時において逋脱犯の成立することは説明したところであつて、爾後更正手続が行われると否とは犯罪の成否に影響なく所論のように犯罪成立後政府が調査して更正決定を発し、納税義務者が脱税額を完納したからとてそれは情状の問題であつて犯罪の成立を阻却するものではない。論旨は理由がない。

十、弁護人清瀬一郎第一点(補充書共)について、

論旨は原判決は企業再建整備法第三十九条第二項の適用を遺脱し、そのために本来法人税を課すべからざる別口勘定の資産譲渡益金に対し法人税を課すべきであると誤解し、その結果被告会社の法人税申告書に之を記載せざりしことを以て法人税逋脱の犯罪なりと認めたもので、前記法条の適用を遺脱した違法があると主張するのである。

しかし、企業再建整備法施行令第七条によればその第三項に「法第三十九条第二項の規定の適用を受けようとする特経会社は法人税法第十八条ないし第二十二条に規定する申告書に大蔵大臣の定める事項を記載しなければならない」と規定し、その第五項に「法第三十九条第二項の規定は法人税法第十八条ないし第二十二条に規定する申告書に第三項に規定する事項の記載がない場合にはこれを適用しない」と規定しているのであるが、被告会社が法人税法第十八条ないし第二十二条の申告書に同第三項及び昭和二十二年六月十一日大蔵省令第五十九号第二条に掲げる事項を記載しなかつたことは所論も肯定するところである。ところで同施行令第七条第六項によれば「税務署長は、特別の事情があるときは、大蔵大臣の定めるところにより第三項の申告書に同項に規定する事項の記載がなかつた場合においても、法第三十九条第二項の規定を適用することができる」と規定し、税務署長の行政処分によつてその適用を受ける途が残されているのであるが、それは税務署長が申告書に記載しなかつたことにつき「已むを得ない事由があると認めたとき」に限ることは前記大蔵省令第四条に明定するところであつて、記録の上においては右のような税務署長の行政処分を受けた事跡はあらわれていないのみならず、ここに「已むを得ない事由」とあるを如何に解釈すべきかは一つの問題であるが、検事に対する荻野栄一(被告会社経理課員)の第一回供述調書によれば「被告会社の昭和二十二年三月末決算の法人税について申告納税する様になり同年六月二十五日に申告したが、この時は戦時補償特別税千七百五万六千七百二十六円五銭を損失で計上して十一万円余りの普通所得がある旨申告したところ、これはいけないと税務署に云われ、仮払金として繰延整理し、普通所得百三十三万八千百四十七円と修正申告を横山部長の指図を得て申告した、この申告の際に特経会社指定時である昭和二十一年八月十一日現在当社保有の財産を社外に販売して生じた益金を特別損失の填補に充てる間は益金として課税の対象にならないと云うことを税務署の人にもきき法人税法の解説と云う本で同趣旨の財務局の取扱を知り横山部長に話したところその様にするように指示があつたので仮受金として計上した」と云い、この供述と検証第十七号の一ないし四の法人税申告書の記載を綜合すれば被告人横山清松は法人税の課税上益金に算入しない資産譲渡益等の特殊利益が被告会社に存在することを知りながら、この特殊利益を別口勘定として秘匿しているために故意にこれを法第三十九条第二項の規定の適用を受け得べき金額として申告書に掲げなかつたものと認められ、申告書に記載しなかつたことにつき「已むを得ない事由があるもの」とは到底考えられないから、所論のように別口勘定の利益は課税の対象とならないといくら主張してみても法第三十九条第二項の適用を受くるに由なく問題とならないのである。しかも益金不算入は無制限に認められるものではなく前記施行令第七条第二項に規定する限度に達するまでの金額に対し課税しないと云うのであるが、被告人横山清松の当公判廷における供述によれば「昭和二十一年八月十一日現在における会社の特損金は大体九百万円ないし一千万円位までのものと記憶しているがこの金額は当時会社における積立準備金その他所定の積立金等によつて一応特損金を穴埋めしてもなおかつ不足して出たもので、結局会社の企業再建計画の認可が昭和二十四年七月二十五日にあつたのでそれまでの間に新勘定から旧勘定に支払つた利息によつて前述の特損金は全部カバーされた」と云い既に特損金は全部補填され所論特例適用限度額に少しも余裕のないことを示しているのである。仮りに所論のように特例適用限度額として三百七十三万六千七百九円が残存するとしても原判決認定の別口勘定の利益金合計四千七百六十二万六千九百四十一円に比しその十二分の一にも足らない数額であるから判決に影響を及ぼすとも考えられないのである。以上いずれにしても論旨は理由なきものである。

十一、弁護人清瀬一郎第二点について、

論旨は本件別口勘定の主要な項目は被告会社の器具機械、調度品及び鉱業権の譲渡代金であるから、これを益金として計上するためには、譲渡代金より取得原価を控除しなければならないのに、原判決中にはこれを控除した形跡はなく法人税法第九条を無視した違法があると主張するのである。

しかし原審証人西野康雄(被告会社経理課長)の証言によれば「別口の収入はこれを本帳にのせる際は単に雑益勘定を起すのみにて事が足りるのである。即ち収入源は何れも簿外資産であつて現在本勘定においてもその存在が現われていないのである」と云い原審公判廷における被告人横山清松の供述(第九回公判調書)によれば「別口勘定のものB、C、Kは繭から生産された品物であるから本来繭代金として支払つているので本勘定にのせるべきものである」と云い、これらの供述から所論取得原価は本勘定において控除されていることを容易に看取し得るのである。論旨は理由がない。

十二、弁護人中江源第五点、弁護人溝淵春次第五点、弁護人阿南主税第八点、弁護人柏原武夫第六点について、

論旨はいずれも量刑不当を主張するのである。

よつて、所論の諸点を考慮し記録に現われた各般の事情を斟酌すると、被告会社に対する原判決中判示第二関係部分の原審の科刑は相当であるけれども、被告人横山清松に対し刑の執行を猶予しなかつたのは不当に重い量刑であると考えられる。それゆえに同被告人に対する原判決はこの点において破棄を免れない。

以上の理由により、被告会社の控訴について被告会社に対する原判決中判示第一の部分は刑事訴訟法第三百九十七条に従いこれを破棄し、即ち被告会社の昭和二十一年八月十一日から昭和二十二年三月三十一日に至る事業年度の逋脱罪に関する公訴事実については同法第四百条但書第四百四条第三百三十四条に従い刑の免除の言渡しをなすべく、判示第二の分に対する控訴は同法第三百九十六条に従い棄却し、被告人横山清松の控訴については同法第三百九十七条により原判決を破棄し、法第四百条但書に従い次の通り判決する。

被告人横山清松関係について原判決挙示の証拠により原判示第二の事実を認定し、之を法律に照すと被告の所為は各法人税法第四十八条第一項に該当するのであるが、同法は同年法律第百四十二号で改正、同年十二月一日から施行、更に昭和二十三年法律第百七号で改正、同年七月七日から施行せられ、右法律第百四十二号附則第十五条、法律第百七号附則第六十条新法人税法附則第二十項によりそれぞれ改正前の違反行為には従前の法律を適用することとなつているので、判示第二の(一)には法律第二十八号、第二の(二)には法律第百四十二号、第二の(三)には法律第百七号を適用しそれぞれ、所定の懲役刑を選択し以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条に則り最も重い、第二の(三)の罪の刑に法定の加重をしたうえ被告人を懲役六月に処し、同法第二十五条により弍年間右刑の執行を猶予し訴訟費用の負担について刑事訴訟法第百八十一条第一項第百八十二条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 松本圭三 判事 綱田覚一)

弁護人中江源の控訴趣意

第一事実の概要

(一)被告人郡是製糸株式会社に付て

(1) 被告人会社(以下郡是と称する)は明治二十九年の創立で優良繭及優良生糸の生産を目標とし爾来五十五年全国各地に工場事業場を設け其数五十有余に及び従業員を数ふること一万数千常に業務に精励し役員社員の海外視察研究をなすもの一再に止まらず優良生糸及フルフアツション靴下の生産に於ては内外第一、生糸の生産数量に於ては我国第二位にして輸出貿易の中枢を為すものである、従つて我国経済の復興企業の再建に付ては極めて重要な地位にある当会社の企業方針は共存共栄人格第一主義で企業の内外を通じてこの方針を以て一貫し特に役員社員は凡てこの方針の下に育成されて来て居る(弁証第二号乃至第八号及証人大槻清一郎、小雲嘉一郎証言、第五回公判調書)。

(2) 郡是は戦時中軍需会社に転換してゐた、終戦後平和産業に復活したが昭和二十一年六月制限会社の指定を受け同年八月特別経理会社となり次いで同年十二月持株会社二十三年二月集排法による指定を受けた(二十四年四月解除)関係で復興期に於て一時他の会社同様経理面の制約を受け復興活動の不自由を余義なくされた時期のあることは他会社同様である(証第九号証人西野康雄証言第三回公判調書被告横山清松訊問調書第九回公判調書)。

(3) 納税に付ては経理課長西野康雄が其責任者で課員荻野栄一がその補助をしてゐて各期に適当な申告をしてゐたが各工場の帳簿外資産処分金、各種センイ屑等の処分金を別口として管理してゐたのを計上しないで申告した処が昭和二十三年十二月大阪国税局から山崎利夫以下数人の吏員が郡是本社に出張したが同南場竹雄が小森監査課長室で居合せた社員由良新一に告げて書棚の内にあつた一冊の帳簿を取出したのが検第十九号工場別売上勘定元帳であつてそれと時を同うして別室で寺垣から提出したのが検第十三号の一の別口金銭出納帳である、そうして之によつて作成したのが検第十三号の二同第十四、五号で之を基礎として同局で調査し所管福知山税務署に指示し昭和二十四年二月七日及同月十五日の二回に同署より別口勘定利益全額に対する法人税及追徴税加算税の徴税令書の配付を受け各翌日之を完納したのである。

(二)被告人横山清松に付て

(1) 同人は大正十二年三月長崎高等商業学校を卒業後大正十四年八月郡是に入社昭和廿年経理課長同二十二年経理部長となつて今日に及んでゐて其間四年間兵役に服した外勤続してゐますが性清廉潔白従業員の生活を理解し又よく郡是の企業方針を体し戦時中から終戦後に及ぶ郡是の復興時代の経理難を克服して早急な企業の復元を実現せしめた中心人物の一人であります。

(2) 郡是の監査課長小森は各工場を巡察した当時平和産業に復帰した各工場に軍需生産時代の(A)不用な帳簿外資産がありその処分に付て小森から横山に意見を述べたので之に付て協議した結果右の処分金を各工場で自由に処分させることは適当でないから之を本社に集中して復興に役立たせることが良いといふことになり同年十一月頃からそれが実行され其年は僅少の額に過ぎなかつたがその後(B)センイ屑(C)屑糸(K)屑繭副蚕糸屑等の処分金も之と同時に集中して管理したのが本件の別口勘定の金である。

横山はこれ等の金を別口として保管する様寺垣に申渡したのであるが横山は受入れた全部を一々承知してゐたわけではなく又支出した当時一々その残額を検してゐたわけではなく昭和二十二年四月一日からの事業年度に入つてから増加し始めたが横山としてはその頃寺垣に別口の清算をする様に申渡した、しかしなかなか出来なかつた、そうしてゐる内に横山としては役員補給金や建設勘定や預金勘定等正当必要な資源に当てることが出来た、横山としては新旧勘定の併合は六ケ月か一ケ年位の短い間に行はれやがて本勘定へ移され得るものと信じてゐたが気になるので別口を清算することをその後も寺垣や小森に話してゐる、以上の事実は証人小森謙治同寺垣精一同西野康雄の証言で明かである。

(3) その内に昭和二十三年十二月になつて大阪国税局吏員の出張があり調査が行はれたので任意係員が帳簿を提出し且調査に協力し調査に基く別口利益全部に対する法人税法上の凡ての税金の徴税令書の配付を受けたので一ケ月の納付期限を待たず令書配付の翌日完納したのである(弁証第一号証人山崎利夫同惣川豊同杉山哲夫証言三四五回十四回公判調書)。

第二本件控訴に付て被告人等の申立てる不服の理由は左の五点である。

(一)第一審判決は刑事訴訟法第三百三十五条第二項の法律上犯罪の成立を妨げる理由を主張してゐるのに之に対して何等の判断をしてゐない違法がある、即ち被告人会社は法人税法第二十九条の更正決定に基き同法第三十三条及同第四十二条(以上行為時法)による法人税追徴額追徴税加算税を右第三十三条による一ケ月の期間内に完納してゐるのに猶脱税があるとして起訴されたので此法律上犯罪の成立を妨げる事実を主張してゐるのに之に対する判断をしてゐない。

(二)第一審判決は左の諸点に付て法の解釈を誤つた結果法律の適用を誤つてゐる。

(1) 納税申告の性質を全然理解してゐない。

(2) 逋脱又は免れたといふことの法律上の性質を理解しない結果已遂と未遂とを混同してゐる。

(3) 中間申告の性質を理解せず確定申告と同視してゐる。

(4) 虚偽申告と詐欺其他不正行為とはその性質を異にしてゐることを看過してゐる。

(三)第一審判決は別口勘定及別口勘定帳に付て事実の認定を誤つてゐる。

(四)被告人横山清松の犯意に付ての事実の認定を誤つてゐる。

(五)仮りに無罪に付ての意見を異にしたとしても被告人横山清松に対する刑の量定を誤つてゐる。

以上によつて無罪の判決又は適当の判決を求める。

以下右の順序に従つて其趣旨を明かにする。

第一点第一審判決は弁護人等が刑事訴訟法第三百三十五条第二項の法律上犯罪の成立を妨げる理由を主張してゐるが之に対して何等の判断をしてゐない違法がある、また同時に事実の認定を誤つた違法も存する。

其理由左の通り

(一)被告人会社(以下郡是と称す)に対する本訴起訴は別口会計により、所得の一部を秘匿し、之を除外した申告書を所管税務署に提出し、以て不正の行為により除外した部分の法人税を免れたとするもので、一審判決は之をそのまま認定してゐる(1) 従来大会社(租税特別措置法(行為時法)第十三、第十四条同施行規則第二十四条命令の定める会社は従前は資本金弍十万円以上本件行為当時は資本金五百万円以上)に対する調査は大阪財務局(以下局と称す)時代から所管税務署に任かせず、局直接之に当り、所管税務署は局の指示を受けて之を補助するに過ぎなかつたことは、証人杉山哲夫同二位泰同樋口長左衛門の証言(第十四回公判調書杉山、二位第十六回同上樋口)する処であり、郡是はその大会社の一つで局直接調査の会社であつた、かかる大会社に付ては所管税務署は申告書を完備させて、局へ送付し局の指示を受けて処理する取扱であつたこと(前上杉山樋口証言)大阪財務局査察部が出来てからは大会社に対する調査は同部でやつてゐたこと、郡是に対する同部の調査は、昭和二十三年十二月二十三日始めてあつたこと、(以上証人山崎利夫公判調書第三回証人惣川豊公判調書第五回証人樋口長左衛門公判調書第十六回の各証言)同部の調査の結果に基いて同局の指示通り昭和二十四年二月所管福知山税務署が本件別口勘定利益に付ての郡是に対する法人税の更正決定をなし、期限内に納税せしめたこと一審判決第一事実(起訴第一事実検第十七号の一)に付ては昭和二十二年五月福知山税務署が調査し申告書を修正せしめた上更正決定をしたが第二事実の(一)(起訴第二事実検第十七号の二)に付ては申告書の不備の点を完備せしめた程度であり、同第二事実の(二)及(三)(起訴第三、四事実検第十七号の三及四)に付ては申告書の調査も出来てゐなかつた(以上証人樋口長左衛門第十六回公判調書証人二位泰証人杉山哲夫第十四回公判調書の各証言)、又大会社に対しては申告はあつても必らず調査することになつてゐた(租税特別措置法(行為時法)第十三条乃至第十五条同法施行規則第二十四条第二十六条検第二十八号証人大浦信三証言公判調書第八回及証人樋口同杉山同二位各調書前出)、この調査は申告が正確であるかどうかの点及申告外のものまで実態調査をするのであるがそれは手不足のため非常におくれ申告のあつた時の翌年一年位はおくれてゐた(前同証言)ことが明かである。

(2) 右の更正決定による納税額は、法人税法第二十九条に依つたものであることは証人大阪国税局査察部長吉本清の証言する処で、(同第三十一条によつたとする山崎利夫の証言は誤り)その結果同法第三十三条第四十二条に依つて決定された税額である。

(3) 右の事実は義務者である郡是が本件搜査前の大阪財務局の調査に基いて決定した税額を起訴前に完納してゐる事実を証明してゐる、旧法人税法第二十九条(昭和十五年法律第二五号)現法人税法第四十八条(昭和二十二年法律第二八号行為時法)の脱税犯が免れたことを要素とする結果犯であることは明かであるから、その義務を完全に履行した以上、犯罪の構成要素がないわけである、このことは各条文に法人税を免れたとの文言の表現する法規範の性格として一般に是認せられてゐるが、義務者の納税によつて、国家の税債権の減少といふ要素が解消したこと、及国税犯則取締法第十六条第十四条二項の趣旨とを綜合して得られる結論であり、税法一般に通ずる理念であることは、一般に是認されてゐる処で、検察庁でも之を認めてゐる(第一審検事第一弁論要旨第三法律問題(2) )。

(二)然るに一審判決は、郡是が本件法人税を免れたとしてゐるのであるが、事実を素直に認識せない処に原因する誤りである。

(1) 本件事実は素直に言へば、本件各事業年度の申告が、真実と符合してゐなかつたことが、後日大阪財務局の調査で判明したので、その法人税額を直に納付したといふ事実である、結局申告に誤りがあつて、納税が期日よりはおくれたといふに過ぎない。

(2) この申告がおくれたといふ事実と、その法律上の効果、及納税がおくれたといふ事実と、その法律上の効果が、本件において問題とされてゐるのであるが、それに付ての法律上の考察は、次の論点の説明をする際に述べるけれども、その第一点に必要な結論だけを茲に援用すると、申告は法人の所得に付ての義務者の自己調査の政府への報告で、事実に関するもので権利義務の発生変更消滅に関するものではない。従つて申告に誤りがあつても、権利義務の変動を生ずるものではない、そうしてこの事は申告期の前後で変るものではない、次に免れるといふのは権利義務の関係において判断されるものであるが本来の意味は義務者が或権利関係から離脱することを意味するもので、離脱した範囲では、それだけ権利が減少することを意味する、従来大審院判例が租税ほ脱犯の場合国家に損害を与へることを意味するとしてゐるのはそれである、処が国家の権利は、財政法第八条や会計法第三〇条以下の規定を見ると、所謂不法行為による権利侵害の場合の外、権利の減少を来たすことはないのであるから、申告が誤つてゐても国の税債権を減少させることはないのである、而かも幾多の税法は租税を免れた場合を規定してゐる、即免れ得ない税債権(税債権は特別の法たとへば租税特別措置法等による法律の定めがなければ免除されない)を詐欺その他の不正行為によつて免れるとしてゐる、この法律の定める矛盾を解決する理論の統一こそ租税ほ脱犯の正しい解釈である、かゝる見地において第二点の諸点を考察したのである、その結果第一点の結論が生れて来たのである。

(3) さて法人税は法人の所得に課された租税である、法人税は一定の期間内に無数に生じた取引を基本とするから、之を調査しなければその真実の数額は判明しない、そこで政府の調査が法定条件(会計法昭和二二年法律第三六号第六条国税徴収法第九条等)をなすのである、法人税法の旧規定でも改正規定でも、第二十九条以下に課税標準の更正又は決定の章では申告の有無、誤謬の有無にかゝわらず、政府の調査する処によつて、決定されることが定められてゐる所以である、この政府の調査による課税標準の確認、税額の決定があつた場合に、その調査の段階で詐欺不正行為があつて、それに基いて真実よりも少い決定をした時、始めてほ脱の問題がおこる、だがこの調査がない間は、政府の調査による確認及決定がないのだから右の財政法第八条の趣旨から義務者の義務が変更されることがない、しかし政府が調査して確認し決定すれば、それが義務者の詐欺その他の不正行為によるにしても、一応政府の処分行為が成立つ状態となるのである、これが税法上所謂免れた場合である。

(4) 処が義務者がいん蔽したり、仮装したりしてゐたにしても政府の調査に際して、凡ての真正な事実が、調査され確認されて決定されたとしたら、それで完全な決定があつたわけで、之に基いて納税すれば、凡て義務者の弁済による税債権の消滅といふ結果を来たすのである、(イ)この政府の調査確認を誤らせて、国家に損害を加へる場合と、(ロ)税額決定後に於て、之を侵害して国家に損害を与へる場合、(国税徴収法第三二条等)とがある。

(5) 本件の場合は左の結果となる。

(イ)第一事実は旧法人税法時代のもので昭和二十二年五月政府が調査し、郡是をして申告書を修正せしめて、更正決定をした後、昭和二十三年十二月再度の調査をしたのでこの政府の調査に際して、義務者である郡是の詐欺不正の行為あればほ脱犯は成立つが、それがないのであるから、旧法第二十九条のほ脱行為はない。

(ロ)第二事実のうち、第二事実の(一)は政府で申告書添付書類を完備させたが、第二事実の(二)及(三)に付ては、申告書の机上調査もしてゐない事が明かとなつてゐる(以上(イ)(ロ)に付ては証人杉山哲夫、二位泰、樋口長左衛門の証言前出公判調書)。

(ハ)右(イ)(ロ)の一審判決理由第一及第二の(一)乃至(三)の事実の法人税は凡て弁証第一号の通りその期日前に完全に納付されてゐる。この納税即債務消滅行為は犯罪と称せられてゐる行為の反対の行為であるが、債権者たる政府の請求即徴税令書によつて納付されたもので、責任阻却原因である(従来大審院の判例では処罰条件とされてゐるものである。法曹会編さん大審院刑事判例要旨集一一二〇頁以下)。

(6) 殊に、告発の権限を委せられてゐる大阪財務局及所管福知山税務署は、郡是のこの事件に付て、愼重審議の結果告発の必要なしとして、告発しなかつたことは、大阪財務局査察部長吉本清、同部員山崎利夫等の一審公判に於て証明した処である(公判調書第三回山崎、同第七回吉本各証言)。

(三)免れたといふことの法律上の構成を、右の如く解釈する結果従来疑問とされて来た矛盾を解明し得る重要な一点がある、(1) それは法人税法第二十九条以下によつて更正決定をした場合に於て、検察庁や第一審判決の如く、義務者が已に免れたとするなれば、一般の債権理論に従へば租税債権はその限度に於て減少してゐるはずである、従つて申告と同時に免れたとすれば、その時以後又不正行為によつて免れたとすれば、その不正行為成立の時以後、税債権は侵害されて減少してゐるのであるから、その部分に対する加算税追徴税は従属性を有する関係上、附加し得ないのが当然である、この理論の上になされたのが静岡地方裁判所昭和二四(公)二三号所得税法違反事件(判例大全第一巻一四四頁)の判決である。

処が本件に付ての更正決定では、加算税も追徴税も課せられてゐるのであつて、税債権は減少されてゐないといふ見解の上に立つてゐる。

(2) 更正決定の場合には、凡て法人税法第二十九条以下の規定によつての申告期日と同時に到来する納税期日後、延滞の意味の加算税、及懈怠の意味における追徴税を徴収する、これは税債権に附随するものであるから原権たる税債権が減縮せしめられた時は、その範囲に於て減少せしめられる筈である、勿論損害賠償としては成立つが、債権としては成立つ余地はないのである、法人税法改正規定では軽加算税の外重加算税が課せられ、更に追徴税額は従来の二五%が五〇%に改められた、そうしてこの追徴税は、止むを得ざる事情がないと認められる場合のみに課せられるものでこれ等の諸般の消息を推認すると、この外に刑罰を科する場合は、税法詐欺犯の場合だけと解すべきである。

(3) 以上によつて明かな様に申告期の経過によつて所得や税額に変更を来たさないから、税債権の消長に影響しないと同時に政府の実態調査があつて、所得を確認し、税額を決定するまでは、免れることはあり得ないので、法人税法旧規定第二十五条では、申告脱漏の場合修正をさせることが定められ、修正期限を定めてはゐない、この点に付ての改正規定では、第二十三条に於て、申告期後の申告書の提出同第二十四条に於ては更正又は決定後の修正申告書を同第三十二条の更正又は決定の通知があるまで提出し得ることを定めており、これ等の規定からすれば右の最終の更正又は決定までは、法人税債権を免れることはあり得ないのであつて、この最終の更正又は決定の調査に際して、詐欺又は不正の行為によつてその調査を誤らしめた場合に、始めて免れたといふ結果を生ずる、その以前の行為は凡て詐欺又は不正の行為の準備の段階に過ぎない、従つてその間の加算税を課し、事情によつて追徴税を課しても、原権たる税債権が存するのであるから、之に附随する加算税追徴税を課するのは当然で、何等矛盾する処はない。

右を本件に付て適用すれば本件昭和二十三年十二月の大阪財務局の調査に際して被告人等に詐欺不正の行為があつたとすれば、本件はほ脱犯となる要素を備へることになるが一審判決はこの点を明確にしてゐないが、検第十七号の一乃至四各事業年度の申告書提出の時已遂となつたとする検事の意見をそのまま採用してゐるものと認められる。

(四)以上の如く本件法人税は昭和二十三年十二月の大阪財務局の調査で始めて明白となり弁証第一号の通り昭和二十四年二月所管福知山税務署の令書によりその各翌日完納されてゐる(証人二位同樋口前出公判調書)、而してこの事実はほ脱とは反対の事実であり責任阻却原因であるが、この事実の法律上の性質を全然看過しており、又申告及納税がおくれたことに付ての法律上の性質を究明しない結果、申告期に申告しなかつたので、そのときほ脱の已遂が成立つとしてゐるもので、この点に付ては、申告期限の到来と同時に税債権の減少が生じたものとしてゐることは免れたといふことの性質を究明しない結果事実の誤認をしてゐることが明かである。

第二点第一審判決は左の諸点に付て法律の解釈適用を誤つてゐる。

(一)納税申告の性質を全然理解しない結果、平然として検事の起訴に付て犯した矛盾を襲踏し、誤つた判断をしてゐる。

(1) 第一審判決理由の事実認定の部分を綜合すると、前文後段云々処分した代金を遠近に拘らず、直接本店経理課に持参させ秘に同課員寺垣に別口勘定として之に関する記帳、出納及び保管の事務を担当させ云々、別口勘定を除外した虚偽の法人税申告書を福知山税務署に提出させて、法人税額の決定を受け、以て不正行為により法人税を免れたといふことになる。

之によると、各事業年度に別口の所得を除外して、申告書を所管税務署へ提出し、その虚偽の申告書による決定を受けたのは、別口の所得を含まない法人税決定であるから、その差額は免れたものであるといふにある、従つて申告の時に免れたものとなる、といふ判断がなされてゐる。

(2) 従来検察庁では、

(イ)不正行為が法定期限前になされた場合、

一、申告納税に於ける虚偽申告の場合はその申告の時、

二、申告納税に於ける、不正行為の伴う無申告ほ脱犯の場合は、申告期限経過の時、

(ロ)不正行為が法定期限後になされた場合、

一、虚偽申告の場合は其の申告の時、

二、不正行為をした場合はその不正行為完了の時、

を租税ほ脱犯已遂の時期として居り、一審判決は之を採用してゐる。

右の分類で正確なのは(ロ)の(2) だけである。

(3) 今納税申告の内容と効果に付て考察するに、申告は義務者が課税標準の内容である事実と、之に一定の税率を適用した税額との申告であつて、要するに過去已成の税額算出の基礎となる事実の申告であるが、この申告によつて、権利義務に如何なる影響を及ぼすかを検討するに、法人税法(昭和二二年法律第二八号行為時規定以下同じ)第四章申告第十八条以下によると、申告書に添付すべき書類と、期限に付て、種々の場合が定めてある外、修正申告に付て規定してあるだけで、その効果に付ては何も規定してはゐないのであるが、之と関連のある第六章課税標準の更正及決定第二十九条以下を照合することによつて、義務者の申告が政府の調査資料に過ぎないことが判る、即申告又は修正申告のあつた場合(第二九条)申告書の提出のなかつた場合及無所得無資本の申告のあつた場合(第三〇条)更正又は決定に脱漏のあつた場合(第三一条)に於て政府の調査によつて、総て更正又は決定されるのであつて、義務者の申告の有無や、申告の誤りの有無と関係なく独自の調査をした上で、真正と認むる決定をする建前を取つてゐる、この政府の調査権は、法律上は税債権が時効によつて消滅するまで存続するものである、このことは財政法(昭和二二年法律三四号)第八条国の債権の全部又は一部を免除し、又はその効力を変更するには、法律に基くことを要する旨の規定と、会計法(昭二二年法律三五号)第三十条以下の規定によつて明かである、従つて申告の有無と、申告の誤りの有無とによつては、義務者の義務の範囲には、何の影響も与へないのである、それでは旧法人税法(前出)第二九条の法人税をほ脱したる者並現法人税法第四八条法人税を免れたとは如何なる意味を持つのであろうか(このことは次に詳説する)、申告の有無及誤謬が少くとも法律上義務者の義務に実質上の変化を及ぼし得ないことが明かであるとすれば、形式上何等かの変化を及ぼすかといふに、形式上も国家に対しては税債権の上には何等の不利益を及ぼさないのである、茲に考へ得らるゝのは、調査に手数を及ぼすことと、遅滞の効果が付せられるだけである。(4) 右の様に義務者の申告が真実と符合しなくとも、過去の一定の期間に已に成立してゐる義務の範囲には、何等の影響を及ぼさないのである、即義務者の一方的な行為で、債権が変化を受けることがないのは債権一般の原理であつて、其必然の関係として義務者の申告といふ一方的処置によつて、税額が決定されるものではなく、必らず債権者である政府の調査が必要なのである。

(5) 更に税債権もまた債権であるから、債権発生の面から見ると、義務者の義務は、所得の発生によつて生ずるので、所得は申告によつては生じない、又申告によつて減じもしない、即申告は所得や税額には実質的変動は及ぼさないことが明白である、然るに義務者の申告によつて税額が確定すると考へ、申告はその確定の唯一の方法だと考へてゐるのが、検察庁従来の考へ方で、この考へ方を採用してゐるのが一審判決であるが、この考へ方は申告の性質を全然理解せず、法令に基かず、又政府の調査権との関連などを、一切考慮に入れない非科学的、非論理的、非体系的な独断に過ぎない。

(6) 次に虚偽の申告とは、理由なく正当の所得と異つた所得の申告をすることをいふのであるが、真実に符合しない申告をしても、之によつて、国の税債権は実質的には何等の損害を受けないのであるから、免れたといふ結果は生じないので、虚偽申告行為と免れる行為とは全然別個のものである、特に茲に注意しなければならぬのは、税債権は債権に過ぎない、又申告期限は、債権成立の区分の時期に過ぎない、申告期限は、税債権が如何なる具体的実態を有つてゐるかを明白ならしむべき時期であつて、之に付て義務者の自己調査と、権利者である政府の自己調査がある、義務者の自己調査の結果を政府に報告するのが申告である、(前示法人税法規定)この場合義務者の自己調査並申告には善意悪意の真実と反するものがあるがこの申告が真実と符合しなくとも、之で決定されるといふのなれば義務者は免れる結果となるが、申告では税額の決定ということはないので、政府の自己調査の結果によつて、税額を決定する法人税法の建前からすれば、免れるといふ結果は起つて来ない、この虚偽申告行為と、免れる行為とを混同してゐるのが検察庁であり、又一審判決でもある。

(7) 改正規定第四十八条の二(昭和二十五年四月一日から実施同法附則一八)は正当の事由なく同法第十八条第一項第二十一条第一項及第二十二条第一項の申告書を期限内に提出しない者を処罰する規定を設け、又同第四十九条第一号同法第十九条一項但書及第二十条第一項は、所謂中間申告書に虚偽の記載をなして政府に提出した者を処罰する規定を置いた、これは法人税法上従来問題になつた点に付て憲法第三十一条の罪刑法定主義を明かにしたと同時に、申告行為、虚偽申告行為(行為犯)と、ほ脱行為(免れた場合の結果犯)との区別を明かならしめたものである。

この改正規定は申告の実質に従つて財政法、会計法、国税徴収法、各税法等の関係を案じ、憲法の解釈上なされたもので、本件行為時法の解釈上一致するものである。

(二)本件に付ては郡是は法人税を免れた事実はないのに、免れたといふことの法律上の性質を理解しない結果、一審判決は誤つた判決をしたものである、この点に付ては事実の認定を誤つてゐることは第一点陳述の通りである。

(1) 旧法人税法第二十九条には法人税をほ脱したる者は、との文言があり、現行法第四十八条には法人税を免れた場合(改正規定は免れとなつてゐるが同意)との文言がある、一審判決は虚偽の申告書を提出し、之に基いて法人税の決定を受けたのは、不正行為によるもので、免れたものだとの趣旨の判旨があるが、虚偽の申告書を提出する行為と、免れる行為とはその性質を異にするもので、虚偽の申告書を提出してもそれだけでは免れる結果は生じないことは前敍の通りである。

(2) 検察庁でも、免れるといふことは、税債権を減少させ実質的損害を与へることであることは認めてゐる(前出)、大審院時代の従来の判例(前記刑事判例要旨集に数多の判例がある)は、国税徴収法第三二条の場合債権侵害の結果を生ずる趣旨が明かになつており、同法第十五条は民法第四二四条と同趣旨である、前出財政法第八条の免除の規定の趣旨と対照し、殊に税法の他の規定、たとへば酒造税法第六十一条、砂糖消費税法第十三条、骨牌税法第十五条、関税法第七十五条等にはほ脱し、又はほ脱せんとした者、若くはほ脱を図つた者を、同様に処罰する規定がある、又この免れた場合だけを処罰の対象とする、法人税法、所得税法、相続税法の場合とを対照すると、前者は免れる目的を以て行為したが其結果を得なかつた未遂犯(行為犯)と、免れた已遂犯(結果犯)との両者を包含し、後者は結果犯のみを対象としてゐることが明白である、之等の諸点を、法の体系的立場で考察すると、法人税法其他税法での免れたといふ意味は前敍実質的権利侵害を要素とすることは明らかである、(御庁昭和二四年(を)第一〇五八号第十部判決同旨)それ故にこそ法人税法第四十八条第三項は第一項の免れた場合、政府は直にその課税標準を更正又は決定して徴収すべきことを無条件に肯定してゐる、勿論旧規定の表現は、已に侵害されてゐることを前提とする観念的な考へ方からすれば、その税金相当額を徴収するというべきであつて、改正規定は之を修正してゐる。

(3) 右の実質的な権利侵害は、何時生ずるかと言へば、勿論実質的に権利が侵害され得る様な、行為が行はれて実際その結果が生じた時で、これは実際の問題であるが、(この侵害態様の異なることは(5) に述べる)法人税法では、その行為を詐欺その他の不正行為と規定してゐるのである、この点を検察庁も、一審判決も考へてゐない、その債権侵害は申告と同時に起り得るかどうかをよく検討せず、唯已遂といふためには、其時期までに行為が完了せねばならないといふ、刑法一般の理論に符合させるために、虚偽申告の場合は申告の時としたのであるが、不正行為のあつた場合はその行為の完了の時としてゐるが、これと虚偽申告の場合とを区別してゐることも已に不可解である、若し虚偽申告もほ脱行為としての不正行為ならば、その範ちうに入れておいてよい筈であるが検察庁がこれを同一範ちうに入れることを躊躇してゐる処に、已に観念上両者の同一性を認めないことを推測せしめるものがある、一審判決は虚偽申告も不正行為としてゐるが両者の性質を混同してゐる。

(4) 本件では、第一事実及第二の(一)乃至(三)事実共、検第十七号の一乃至四の通り、申告書を提出してゐるが、これは郡是の自己調査による申告で、政府の之に対する調査が延引していて、昭和二十三年十二月以後に行はれたものであるが、之は第一事実から見れば少し長引き過ぎてゐるけれども、終戦後の事情に徴し、通常のことであり、第二の(一)乃至(三)事実に対する調査を同時に行ひ、而かも完全な調査が可能であつたことは、たとへ郡是の別口帳が簡単であつたとは言へ、正確なものであつたことは明白である、かゝる調査によつて政府が決定した税金全部を直に納付してゐるのであるから、国家の税債権を侵害した結果は生じてゐない。

(5) 一般の債権理論に従へば債権侵害は債権の内容たる給付の目的の実現を不可能ならしめることによつて、損害を与へる行為であるが税法の場合は少しく態様を異にし、政府の自己調査の対象である所得の計算を不明ならしめたり、減少せしめて政府に損害を与へることであるが、この場合右財政法第八条の規定の趣旨からして、義務者だけが、如何に計算しやうとも又如何なる申告をしやうとも、政府の税債権には少しの影響も与へ得るものではない、従つて政府に損害を与へると考へ得る状態は、政府の権限ある調査機関が、自己の職権に基いて、所得を調査し、確認し、税額を決定する行為があつたことが必要条件である、この過程において詐欺その他の不正の行為があつて、政府の調査が誤らしめられたとき、そこにほ脱犯が成立つのである、一審判決は之を混同してゐるが、若し税債権が確立してゐるとの見解なれば、国税徴収法第三二条を適用しなければならぬが、確定前であれば、前敍の理論に従うべきである、然るに一審判決はこの理を解明しなかつたために、政府の調査確認前において、義務者が単独で免れ得るが如く誤解したことが明かである。

(6) 最近改正された法人税法第二十三条の規定によると、政府の更正又は決定の通知があるまでは、義務者は申告書を提出することが出来るし、同第二十四条によると前に申告書を提出してゐる者は之を右期間内修正することが出来るので、申告期限の到来と同時に、法人税を免れることのないことが明白となり、右一審判決の考へ方を否定してゐる、即本件の場合は仮りに免れやうとしたと認められたとしても免れた事実がないから法人税法第四十八条は適用し得ない。

(三)本件第二及第四事実は、中間申告に関するもので、この申告に関しては法人税法第四十八条の適用はない。

(1) 当会社の定款に定める事業年度は、毎年四月一日から翌年三月三十一日に至る一ケ年(検第二号)であつて、本件第二の(一)事実は昭和二十二年四月一日から九月三十日まで、第二の(三)事実は昭和二十三年四月一日から九月三十日までに関するもので、其当時の法人税法第二十一条(行為時規定以下同じ)によつて短縮された法人税法上の看なされた中間事業年度である、この中間事業年度の所得は、同法第二十二条によつて定款の定むる事業年度の確定申告に於て、之を含む全所得の申告をしなければならないものであり、右第二十一条第二項が、その計算に付て同法第十九条概算に関する規定を準用してゐる様に、右看なされた中間事業年度の申告内容をなす所得は、概算的であり、確定申告所得に吸収さるべき非独立性のもので、税法上に於ても従属的暫定的のものであつて、確定申告に於て始めて決定されるものであるから、中間年度に続く期間の業績の如何によつて切実な影響を受けるのである、従つて中間申告の計算は、確定申告の内にあり、その効果を受ける必然的の関係にある、従つて法人税を免れるといふことは、確定申告の決定までは起り得ない、之は理論上当然の帰結である、改正規定第二十一条にも、旧規定第二十二条と同趣旨の規定がある。

(2) 一審でこの点を強調したに拘らず、判決は之を無視してゐる、この点に付ては小久保産業株式会社事件で目下最高裁判所で審理中であるが、法人税法最近の改正に於て、ほ脱犯の成立に付ては改正規定は、その第四十八条で、第十八条第一項第二十一条第一項第二十二条第一項の規定により申告すべき確定申告の場合の法人税を、免れた場合だけをその対象としており、中間事業年度の申告に付ては、ほ脱犯が成立しないことを明かにし、解釈上の疑惑を一掃したものであるが、これは法体系の立場と申告及ほ脱の実質的性格から見て当然の結論である、旧規定当時の事実である本件に付ても、勿論同趣旨の結論が法解釈当然の帰結である。

(四)法人税法第四十八条の不正行為とは如何なる行為を指すにせよ虚偽申告は之に包含されない。

前にも見た様に虚偽申告は、申告そのものの内容に関する形式的なものであるが、法人税法第四十八条のほ脱犯は政府の調査の対象たる所得の計算を不明ならしめるとか、所得を減少させる行為で、目的に向けられた実体的なものである、即虚偽申告書の記載が真実と符合しないことである(改正規定第四十九条所得税法第七十条第一号)。

この場合帳簿や書類に偽りの記載をすることはあるが、これは証明資料の問題に過ぎない、税債権侵害の問題は権利義務の存在範囲の問題である、従つて全然その性質を異にするのであるが之を混同してゐるのが検察庁であり一審判決である、之に付ては已に前述した様に改正規定第四十九条が中間申告に関する虚偽申告の処罰規定を設けたので、虚偽申告は行為犯であり免れた場合は結果犯であることが明白となつてゐる。

(五)以上第二点の一乃至四を綜合すると、一審判決は検察庁の見解を無反省に受容したもので、申告によつては政府の調査権及税債権に対し、何の変化も与へ得べきものでないのに、変動を与へ得るものの如く誤解し、その結果税債権の減少、即侵害が生ずるものと考へ、且中間申告の如き独立性のない暫定的な概算申告に付ても同様であると判断したのであるが、この見解は法規範の存在性格が、権利義務の対立を以て構成されており、其限界を越ゆることは基本的人権を侵害する重大なる結果に到達することを閑却したものであり、又未遂と已遂とを混同するが如きに至つてはその過誤の必らずしも小ならざるものである、以上で明かな様に申告、ほ脱、不正行為、並中間申告に関する法規範の存在性格を明かにすれば、本件は犯罪を構成しないこと明かであるから法の適用を誤つたものである。

第三点会社が其経理の必要上別口勘定を設け、且別口勘定帳を作成することは、法令上自由であり、之を禁止した法令はない、然るに一審判決は恰も之を以て不正の行為の如く解し、別口勘定として隠匿し、別口勘定を除外した虚偽の申告書を提出して法人税の決定を受け以て不正行為により、法人税を免れたとなしてゐるが、之は自由な行為と不正な行為との限界を混同するものであり、別口勘定を設くることが、隠匿でないならば虚偽の申告はなくなる結果となるのであるから、極めて重要な判断であるが、この判断は右の様に誤つてゐる、その結果自由な行為を不正な行為と誤り考へ、本件脱税行為を構成してゐると認定してゐるもので不法の認定である。

第四点被告人横山清松は犯意がないのに、犯意があつたものの如く誤認してゐる。

(一)被告人横山に対する犯意の認定は、一審判決理由前文被告人横山清松は、被告人会社本店に於て、昭和二十年十二月から経理課長として、昭和二十一年十二月から経理部長として引続き会計、経理、税務等に関する事務を統括してゐたのであるが、以下法人税を免れたのであるとの記載、並に次の第一及第二の(一)乃至(三)記載中前記の方法により、別口勘定として隠匿し云々、別口勘定を除外し、各事業年度の所得を記載した、法人税申告書及び添付書類を、前記福知山税務署長に提出し、虚偽の申告をなし、以て不正行為により、法人税何円を免れとの記載によつて示されておる処であり、この事実認定の証拠として、一乃至九の公判に於ける供述、書証、供述調書等を引用してゐる。

(二)しかし、右証拠の内挙示された一には同被告人の反対の供述があり、二及三は関係はなく、四列記のものは別口勘定が自由のものであり、別口勘定帳が禁止されてゐない帳簿である以上、その存在自体からは犯意を証明し得ない、荻野栄一、四方敬蔵の供述及証言は、それらの申告書の提出に付て、別口を加ふることに付て、同被告人が指図をしなかつたといふ推測資料となるといふにあるのであろう、証人小森謙治の証言では、別口勘定を設くるに付ての特種の事情があつたことが明白となつており、その動機を証明することが出来るものであり、脱税の意図を証明することは困難である、証人寺垣精一の証言では同被告人が帳簿の作成を指図しなかつたこと一々の受入金銭全部を知つてゐたものでないこと、又清算をしてゐなかつたことが明白となつてゐる。

七の証人山崎利夫同惣川豊の証言では、郡是が紳士的で大阪財務局の調査に協力したこと、同南場竹雄の証言では帳簿などを隠す意思の見えなかつたこと、又惣川豊及吉本清の証言では、郡是に対しては愼重審議の上告発しないことに決定したこと、二位泰、杉山哲夫、樋口長左衛門の証言では、郡是は従前より大会社として大阪財務局時代から所管税務署の調査に任せず、局直接の調査をする会社であつたこと、大会社は申告があつても必らず調査してゐたこと、その調査が手不足のため非常におくれ申告のあつた翌年一ケ年位おくれてゐたこと、第一事実に付ては昭和二十二年五月頃調査して申告書を修正させた上更正決定をしたこと、昭和二十三年十二月第一事実及第二の(一)(二)(三)事実の調査が大阪財務局査察部から直接行はれ、その調査の結果指示を受けて、所管福知山税務署が更正決定したが、それまでには第二事実の(一)に付ては申告書を完備させただけで第二事実の(二)及(三)に付ては申告書の机上調査も出来てゐなかつたことなどが明かとなつた、大浦信三の証言では申告納税制実施前後を通じ大会社(その当時資本金五百万円以上の会社)に対する納税に付ては取扱が変つてゐないこと、申告と同時に税金の前払をさせること、後に調査して決定することなどが明かとなつたに過ぎなかつたのであつて、被告人横山の犯意を証明する資料とはならない唯全体を綜合して、別口勘定を以て、帳簿外資金処分金を経理してゐたことは、それが未清算で特別経理会社であつても当を得てゐない、それが新旧勘定併合までそのままにしてゐても良いと考へてゐたことは、不都合てあるといふ見方で犯意を推測したものに過ぎない、特に本件検挙当時、郡是は特殊物件に関して嫌疑を受け竊盗、横領、物価統制令、臨時物資需給調整法等の違反ありとして、捜査を受け、起訴された当時で本件に付て甚だ不利益な想像を生ぜしめたのであるが右等の事件は已に大部分無罪の判決を受けたのであつて、郡是及容疑を受けた九社員は、その誠実を証明したわけであるが、清廉潔白常に上下の範を示してゐる、被告人横山が犯意を有するとせらるゝが如きは、想像も及ばざる処である、猶一般刑法理論としては法定犯の違法認識がなかつたとするには、違法の認識がなかつたことに付て、過失がなかつたことを要するとするのであるが、本件の場合被告人横山は、郡是が特別経理会社であり、別口勘定が未清算で、それらの未清算勘定は、やがて新旧勘定併合のとき本勘定へ繰入れられるので、それで可いと考へてゐたことは、事実の錯誤であつて過失の問題ではないと思ふ。

第五点仮りに以上の諸点に付て見解を異にすることがあつても、被告人横山清松に対し実刑を量定することは苛酷であるから罰金科料乃至執行の猶予を与へらるべきである。

その理由左の通り

(一)、同被告人が性清廉潔白、精励かく勤役員の信頼を得ると同時に従業員の信望を蒐めてゐることは証人塩見敬市郎、同小森謙治等の証言弁証第十二、十三号郡是常務取締役石田一郎、同調査課長大槻滋男の各上申書並現に引続き経理部長の要職に在つて終戦後の事業継続、企業復興に付てその中枢となつて、非常な努力を払つた結果早急に現在の如く郡是工場の復元を見るに至つたのであつてその品性よりして脱税を意図するが如きことのあり得ざる人であることが右等の証拠によつて明かである。

(二)、本件各事実に対する更正決定は、

昭和二十三年十二月大阪財務局始めての調査で、法人税法第二十九条同三十三条同第四十二条によつて決定したもので、各事情に従つて加算税追徴税を課してゐるのであるが、始めの出張の際に検第十三号の一及同第十九号を提出したこと、及証拠書類を隠さうとする様な気配の見えなかつたこと、且調査に付て紳士的に協力し信頼するに足りると思つたので、検第十三号の二同第十四、五号を作成せしめたことは、証人山崎利夫、同惣川豊、同南場竹雄等の証言する処であるし、且郡是に対して本件に付て愼重審議の結果、告発しないことに決定したことは証人山崎利夫同吉本清等の証言する処で、通常の徴税手続において課税されたもので、所謂捜査手続において発見した脱税事実に基くものではないことは明かで、特に大阪では大日本紡績、東洋紡績、敷島紡績の各会社が、又東京では、片倉紡績、昌栄生糸等が、時を同じくして調査され、いづれも郡是以上の課税をされたが、刑事々件は起きなかつた事実は顕著であつて、これは郡是に対する前記の虚無の疑惑に禍されたとより考へられないが、少くとも公平を欠いてゐることは明かである。

(三)、郡是は直に法人税を完納してゐることは弁証第一号の通りである。

(四)、郡是が我国貿易産業上重要な位置を占めており、その工場復元に関連して起つたと見られる事件であることも明かである(証人小森、西野証言)。

(五)、被告人横山の個人的事情といふものは全然存しないこと、郡是の経理部長として取つた別口経理に原因する事件で、其当時郡是の工場復元事業に忙殺されてゐたために、税に付ての注意が十分でなかつたために起つたといふ関係である。

弁護人清瀬一郎の控訴趣意

第一点原判決は昭和二十二年四月十七日法律第六十七号を以て一部改正せられたる企業再建整備法第三十九条第二項の適用を遺脱し、為めに本来法人税を課すべからざる資産譲渡金に対し法人税を課すべかりしものであつたと誤解し其の結果、被告会社の法人税普通所得申告書に之を記載せざりしことを以て法人税逋脱の犯罪なりと認めたものであつて、右は前記法条の適用を遺脱した重大なる過失を犯すものであり其の結果判決に影響を及ぼすことは明白である。

被告会社が昭和二十一年八月十一日会社経理応急措置法に依り特別経理会社に指定せられて居つたことは記録に於ても明白であり、また原判決理由前文に於ても、これを認めて居るのである。

斯る会社の資産及保有物の譲渡益金に対する法人税の納付に関しては、冒頭に掲げた企業再建整備法(昭和二十二年四月十七日一部改正)の第三十九条第二項が適用せられる事は明白であります。今、便宜のため同項を抄録すれば次の通りである。「会社(特経会社を指す)の資産の譲渡に因る益金で命令に定めるもの(中略)については命令の定むるところにより他の法令の規定にかかわらず法人税法により各事業年度の普通所得(中略)の計算上之を益金に算入しない」と。

右法第三十九条第二項に予定した命令は昭和二十二年五月二十四日政令第七十四号企業再建整備法施行令の一部を改正する政令中の第七条である、同条第一項に曰く、「法第三十九条第二項に規定する会社の資産の譲渡に因る益金は整備計画立案の時までに会社財産を譲渡した場合の当該譲渡に因る益金(商品、原料品、半製品、其の他大蔵大臣の指定する資産については当該譲渡に因る益金の中、大蔵大臣の定めるものを除く)」と。

右に依れば、会社財産の譲渡益金は原則として法第三十九条第二項に依り法人税の課税より除外せられる。ただ此の非課税譲渡益金より更に除外せられるものは商品、原料品、半製品及び大蔵大臣の指定の利益である。然らば大蔵大臣指定益金とは如何なるものであるかと言うに、右は昭和二十二年六月十一日大蔵省令第五十九号の第一条に之を規定する。曰く、

企業再建整備法施行令(以下令という)第七条第一項の規定により同項の益金から除外せられる益金は商品、原料品、半製品及びこれ等のもの以外の動産で固定資産の新設又は拡張以外の用に供するものの譲渡に因る益金(企業再建整備施行規則第八条の二の規定により未整理受取勘定又は未整理支払勘定に加入する金額を除く)とする。

前期一連の法律、政令及び大蔵省令を通観すれば、所謂特経会社に於て企業再建整備計画立案以前に譲渡したる資産中、商品 原料品 半製品 固定資産の新設又は拡張の用に供することの出来ない動産 の四項目を除き、其の他の資産の譲渡益金は特損填補の用に供するという意味で、これに対し法人税営業税等を課せぬということとなつている。(企業再建整備法第一条をも参照)

本件は比較的簡単なる事件であつて、被告会社が昭和二十一年八月以来設けて居つた別口勘定に属する益金につき昭和二十二年八月八日、同年十一月二十九日、同二十三年五月三十一日並に同年十一月三十日の法人税申告に際し申告利益中にこれを加算しなかつたという事に帰着する。

原審では調査はして居らぬが、本件被告会社の企業再建整備計画立案の日は、昭和二十四年四月三十日であるから(別紙引用書類写其の一参照)別口勘定の譲渡は凡て整備計画立案前の譲渡であることは疑なく、又整備計画施行規則第八条の二の加算にも関係がない。故に右別口勘定の益金が若し商品譲渡益にも非ず、原料品譲渡益にもあらず、半製品譲渡益にもあらず、また固定資産造成に供せられざる動産以外のものの譲渡益にも非ざるにおいては、此の譲渡益金に関しては法人税は課せられず、従つて普通所得として以上の申告を為す義務は無かつたのである。申告義務なき益金については申告せざることに因り逋脱罪の発生する道理はない。因つて原判決は右別口勘定なるものが如何なるものの譲渡益金であるかを審査し確定すべきであつたに拘らず原審はこの挙に出て居らぬ。今、本控訴の趣意を明かにする意味において前記別口利益の実体が抑々何であつたかを研究して見るに此の点に関し原審法廷に顕われた証拠の主なるものは次の如くである。

「一、証人小林謙治の証言(原審第三回公判調書中)には次の記事がある。問、別口勘定を設けるに至つた動機は、答、各工場を監査した結果終戦後転換した工場の帳簿外の備品や不要品が相当残つて居り、而かもそれは相当の数量に達して居るところもあり又数量の少ないところもあるが、斯様な品物は今後の事業に必要がないので売却すべきものである。(中略)ことを当時の経理課長の横山に相談しました結果横山は、それは尤な事や云々結局意見が一致しました。(中略)問、別に勘定科目がA、B、C、K、に分かれて居つたことを知つて居るか。答 知つて居ります。問、その大体の内容は、答、Aは機械類、不要品の簿外資産、Bは簿外の撰出繭と製糸工場の簿外の不用品の分であります。Cは副蚕糸を販売した金、KはC勘定の中に入るべきものが入つて居る、それと終戦前経営して居つた時代にデニール糸処分の本社に於て生じた不用品の処分品であります。

二、証人寺垣精一(原審第三回公判調書中)の証言中にも略々これと同様の記事がある。

三、証人の西野康雄の昭和二十四年二月二十四日付安原検事に対する第一回供述書中第六項も稍々これと一致して居る。

此れ等は重複を虞れて省略する。

四、被告横山清松が裁判官の質問に対し答えたるところ(第九回公判調書も略々これと一致して居ります)これを引用すれば、「Aは最初に作つた勘定で本社及び各工場所属の資材、用度品の簿外資産を処分した金であります。Bは製糸工場に於ける蚕屑の処分代金であります。Cは同じ製糸工場に於ける副蚕糸の歩止り代金で、其の標準歩止りを超えて処分した代金であります。Kは製糸関係で本社にある糸屑の処分の代金であります。」と言つて居る。

五、更にここに注意すべきは、原審に於て検察官が検第二十三号として提出したる被告横山清松の梅原検察官に対する第三回供述調書であります。

其の第五項には、「前にお示しの別口金銭出納簿に二月七日雑収入として十万円が記載されて居るがそれは恐らく尼ケ崎の山を処分した金であると思います」とある。

以上原審に現われた各証拠を通覧するに別口勘定中B、C、Kは暫らく措き、其の内Aとして整理せられたるものの何たるかは明白である。

被告会社は本来日本に於ける著名な製糸会社であつたが、過般の戦時中当局の要請に因り飛行機の部分品の製造及び其の組立工場に転換して居つたが終戦後本来の製糸工場に復元することとなつた、その際従前の機械器具中不要となりしものを処分した代金が本件別口勘定の起源である。

小森謙治の証言に於ては、之を「終戦後転換した工場の「簿外の備品や不用品」の処分代金と言い、被告横山清松の原審裁判官に対する答には「本社及び各工場所属の資材、用度品の簿外資産」を処分した金と言つて居る。その表現は何れにするもこれ等は被告会社の商品でもなく、原料品、半製品でもなく然も他工場がこれを買受くれば機械器具として固定資産の新設拡張の用に供し得られるものである。因に記す。法人税法上機械装置、工具、機具、備品は固定資産であると定義せられている。(法人税法施行規則第一条三号及び六号参照)

尚ほ検第二十三号証中の被告の供述にある尼ケ崎の鉱業権売却代金の如きはいうまでもなく不動産の譲渡代金であつて、これより生じた益金は前記法律並に規則に依る非課税利益であることは言うまでもない。

被告会社は前に述べたるが如く特別経理会社として指定せられて居る。これは戦時補償特別税を課せられ之に因る欠損を有する会社であるという意味である。その特損が幾何なりしやは記録上これを証明する資料はないが、斯の如き場合に於ては右特損填補の意味に於て前記の如き資産の譲渡利益については、法人税を課すべからざることは明々白々の道理である。

尤も現実にこれ等の規定に依つて非課税取扱を受くる為めには、納税申告の際この規定の利益を受くる旨を記載するが如き手続を必要とする(企業再建整備法施行令第七条第五項)。然しこれは単なる行政手続であつて、税務署長は斯の如き記載がなくとも進んで法第三十九条第二項の規定を適用する事が出来る(同条規則第六項)。曾て大阪高等裁判所第十刑事部に於ては本件と同様の争点を生じた事件に関し次の如き判決理由を示している。(右判決は別紙引用書類写其二として添附する。)

「……しかも企業再建整備法第三十九条第二項によつていわゆる特別経理会社の資産の譲渡に因る益金資産の評価換に因る益金は法人税法による各事業年度の普通所得の計算上は益金として算入しないのを原則とする、固より同条項の適用を受けるためには同法施行令第七条第三項により法人税法第十八条乃至第二十二条所定の申告書にそのことを記載しなければならないのであつて、その記載がないときは前示条項の適用を受けない(同第七条第五項)ことになつている。しかしこの場合でもなお税務署長の行政処分によつてその適用を受ける途が残されている(同令第七条第六項)。かくの如く原則として普通所得の益金として算入しないすなわち法人税を課さない、もし所定の記載を怠つたときは課税するが、それでも時に行政処分によつて課税しないことも出来るといつたような規定がある場合に当該会社が在庫資材の価格昂騰に因る柵却益金を算出しながらこれを申告書に記載しなかつたと言つてそれだけ脱税行為なりとは言へない。もともと法人税を課さないのが原則だからである。それだからと云つて申告書に所定の記載がなかつた以上納税義務を免れると云うのではない、しかし納税義務があることと逋脱行為とは厳に区別しなければならない」

右判決は同時にこれを本件の場合に適用すべきである。依つて弁護人はこれを引用して重複の説明を省く。

これを要するに原審は所謂別口勘定に属する利益というものが企業再建整備法第三十九条第二項の規定に依り非課税の利益なりや否やを鄭重に審理し判断すべきであつたのに拘はらず其の挙に出て居らぬ。

原審記録を心を用いて読むときはこのことは実は当時既に問題として提起されているのである。即ち原審第九回公判調書には、裁判長と横山被告との問答として次の記事が残つている。

「問、別口勘定を設けて決算期に本勘定に繰り入れず納税申告をするという様な事は正当な方法であると思つていたか、答特別経理会社であるから斯様な事は許されると思つていました」と。

右の如き主張があると否とに拘らず裁判長たるものは我国の現行法を適用するの義務あることは勿論である。

以上の点は原判決に於ける法令適用の誤りであると同時に事実の誤認でもある。而して判決に影響すること重大であるから刑事訴訟法第三百八十条及び第三百八十二条に依り茲に之を控訴の趣意として貴裁判所の御判断を仰ぐ次第である。

第二点原判決には重大なる事実の誤認があり、これ亦判決の結果に大いなる影響を及ぼすものである。

本件別口勘定の主要なる項目は前論点に於て論証したように被告会社の事業復元転換のため一旦不用となつた器具、機械、調度品等の譲渡代金である。また一部鉱業権譲渡代金をも含んでいる。これ等のものの処分代金を益金として計上するためには譲渡代金より取得原価を控除せなければならない。然るに原判決中に別口勘定の利益中、これを控除したる形跡を認めることは出来ぬ。原判決の援用したる証拠中には此の別途会計中交際費以外の会社の経費を譲渡代金より控除することを税務署側に於て承認したという意味の記事あり、(例へは証人山崎利夫並に惣川豊平)また原審裁判官も譲渡代金の全部を利益とは見ず適当な経費を差引き計算されたことは判文に於てこれを認めることが出来るが、前記の如く器具、機械、調度品乃至鉱業権の取得原価を控除して譲渡利益を算定したと認むべき形跡は少しもこれを認むる事は出来ぬ。さすれば原審は法人税法を適用するにあたり利益算出の根本原則たる法人税法第九条を無視したる違法の判決である。而して此のことが犯罪の成立並に刑の量定に影響を及ぼす事は論理的当然の帰結である。

よつて刑事訴訟法第三百八十二条に依りこれを以て控訴趣意の一とする。

第三点原判決は法人税法第四十八条第一項の解釈を誤りたるか若くは事実を誤認したるか、二者其の一の誤りを犯しているものであり、且つこの誤謬は判決に重大なる影響を及ぼすものである。

既に共同弁護人よりも控訴趣意として陳述したる如く法人税法第四十八条は詐偽其の他不正の行為により法人税を免れた場合ということを以つて法人税逋脱罪の犯罪構成とし他の税法に於けるが如く免れんとしたる場合とか免れんことを図りたる場合とかいう未遂形態にある場合をも包含せしめては居らぬ。この事は特に本件につきては御留意をしていただき度い一点である。

本件会社は、前にも屡々論及した如く特別経理会社であるから、新勘定と旧勘定が併合せられるまでは一会計年度として経理し従つてこの期間の間には定時株主総会というものを開かず其結果此間には商法にいう決算の承認というものはない。ただ納税の便宜のため事務当局が六ケ月毎に納税の申告をするがそれは仮定的のものである。

本件起訴事実に即して云へば判示第二の一及び第二の三は所謂中間申告であるが、そればかりではなく判示第一及び第二も亦名は確定申告と云つても実際は仮定的暫定的のものである。即ち之には確定した決算書を伴わず、後日新旧勘定併合の事業年度の末に於ける株主総会に決算書を提出し従前申告の過不足を按配することは可能であり且合法である。この事は弁護人の一家言ではない、昭和二十二年八月大蔵省総第三〇六号通牒中の第十項に於ても次の如く言つている。

「十、特経会社は企業再建整備法に依る場合は指定時から新旧勘定の併合の日までを一事業年度として計算するから其の期間分の決算が確定したる場合に於て既に経過した定款に定めた事業年度分の計算について、其の確定せる決算を理由として訂正申告を為すことがあるかも知れない。この場合でも原則として前の課税は訂正せず、其の差額は凡べて整理計画認可の日を含む事業年度の損益として処理する」と、即ち税法上或は中間申告或は概算申告又は確定申告等の名称を用うることはあろうが、此等用語の如何にかかわらず之を特経会社の場合に当て嵌めて見れば右一会計年度内の申告は総て納税上の便宜のためのものである。即ち企業再建整備法附則第二項に依り此の前半期に仮決算を為し一応の申告並に納税をなすが、これは実体上株主総会の決議を経ざる仮決算に基くものであるから其の訂正を求めることは実体法上許可せざるを得ぬ。従つてこの最後の総会の承認ある決算を以て新旧勘定併合後納税額の訂正を為しうることは当然であり又大蔵省もこれを認めている、さればこそ本件原審証人吉本清(大阪国税局調査査察部長)も特別経理会社で別口会計を設けた場合に於ける納税申告時期に就ての質問に答へて、

「企業再建整備法上の問題とすれば、新旧勘定合併までは決算の時期が到来していないから其の間は未決算勘定であります。

税法上の問題としては、企業再建整備法附則に定款所定の事業年度毎に取得の申告せよということになつて居りますから其の定款所定の事業年度に申告せねばなりません」と

陳べている。(しかし訂正不能といわず)、これは税法上の問題即ち行政手続としては特別経理会社でも整備法附則の如く定款所定の時期に別口を申告すべきでありますが、実体法的に見ればこれは未決算勘定であるということを承認したものというべきである。

前にも引用した貴高等裁判所第十刑事部の判決に於ては

「然るに原審は被告会社が特別経理会社であることにつき何等審理した形跡がない若し被告会社が整備計画の立案の内容、その実施状態乃至終了などについて、仔細に調査すれば、第一乃至第三の法人税確定申告書の如きは法人税法第二十一条の中間申告の性質を帯ぶるに足るかも知れない。何となれば特別経理会社は、指定時から新旧勘定併合までを一事業年度として計算するからである。そうすると原判決指示の法人税確定申告等の性質に変更を来たす結果を生ずる」と言つている。

飜つて本件別口勘定については、被告会社の経理部長、横山清松は夙にこれを本勘定に併合し適法に申告をする意思であつた事は原審に顕われた多数の証拠に依つて明白に証明し得られる。例へば原審証人寺垣精一(被告会社経理課員)の証言中にも「問、証人は部長から早く清算してくれと云われたか、答、昭和二十三年春頃に部長から云われました、然し放つて置いたところ其の後また二、三回精算してくれといわれました」とある。

更に西野康雄(被告会社経理課長)の証言には、問、別口勘定の総決算を昭和二十四年三月末にした場合に利益金があれば法人税として申告する考であつたか、答、課税の対象として必然的に申告する考はありました。と言つている。

被告会社の経理部長であつた被告横山清松自身は本件検第二十二号供述書(昭和二十四年二月二十八日於京都地方検察庁)第六項に於て、「この様な別口の金が予想以上に嵩んで来ましたので、最近私達は其の経理に苦慮し近い将来何等かの形で表向に出したいと考へて居りましたところ、それ以前に今回の様な次第になつて了つたのであります」と云つて居る。また原審第一回公判廷(昭和二十四年十一月九日)に於ても裁判長の問に対し「後で申告する心算でありました」と答へ尚ほ裁判官に提出したる上申書等に於ても同様の記載を為しているのである。而して同人の信念は特経会社に於ては、本件別口勘定の如きものを新旧併合時に一括申告は許されているものであるというに在つた事は第一点に於て引用した供述の通りである。これに依つてこれを見れば本件被告会社の如き特経会社においては、新旧勘定合併の際に於て斯の如き別口勘定を本勘定に併合し総決算を為すの機会は法律的には認められ、然も其の局に当つた被告人横山等は其の際又はそれより以前適当なる時期に公然それを本勘定に繰り入れ申告せんとするの意向を持つていた。然るに新旧併合の以前即ち未だ訂正申告書(前にも引用した昭和二十二年大蔵省総第三〇六号中に云うが如き)を作成するに至つて居らぬ時期に於て本件の検挙となつたが、此の時に於ては未だ逋脱を為したものという事は出来ぬ。さればかかる案件に対し直ちに法人税法第四十八条を適用したことは甚だしき早計である。犯罪の著手なき事実につさ既遂犯罪を認定したこととなる。

以上は法律解釈上の説りであると同時に事実の誤認でもあり両者が相結合した違法且つ不当を犯したものである。而してこれ亦原判決主文を根本的に覆す如き性質のものであるからここに重要なる控訴趣意として申立てる次第である。

(補充陳述は省略する。)

弁護人阿南主税の控訴趣意

第一点原判決は法人税法第四十八条の逋脱犯が国税犯則取締法第十二条ノ二の規定による収税官吏の告発を訴訟条件とする犯罪であるのに、此の告発なくして為した不適法の公訴請求に対し実体的審理をなした違法がある。

原判決は検察官の公訴権の行使を制限し、告発手続を訴訟条件としてゐる場合は、私的独占禁止法第九条の様に其の趣旨を明記してゐる場合、若しくは国税犯則取締法第十三条、第十七条第一項、議院に於ける証人の宣誓及証言に関する法律第八条但書の様に、法文の文言又は関係法条と関連して其の趣旨が明かな場合に限るのであつて、本件の場合の如く犯則者に対する通告処分の制度のない国税犯則取締法第十二条ノ二の場合の如きは、単に直接国税に関する犯則事件の処理方法として収税官吏に告発手続を為す事を命じた訓示的規定に過ぎないと判示してゐるが、此の原判決の見解は左の点に於て明かに誤つてゐる。

(イ)旧間接国税犯則者処分法(明治三十三年法律第六十七号)による間接国税犯則事件に於て、収税官吏の告発が訴訟条件であることは学説判例の一致した見解であり原判決も之を認めてゐる。

此の学説判例の根拠は、同法が明文を以て規定してゐるからではない。又原判決の如く関係法条と関連して其の趣旨が明かであるとの単純な理由からでもない。

間接税に関する犯則事件に付て、告発が訴訟条件であるのは、同法が収税官吏に対し司法警察官又は検事と同様に、犯罪の捜素、臨検、押収、差押等の強制権を以て間接税に関する犯則を処分する権限が附与せられてゐたことに基くものである。即ち租税犯の行政犯的性質に鑑み、収税官吏に犯罪検挙の専権が与へられ、宛も一般犯罪に於ける検察当局の捜査権限と同様の地位を認めてゐたことに基くものである。

これに反し旧間接国税犯則者処分法の廃止前には、直接税の犯則に付ては収税官吏に斯の如き強制捜査権限なく唯課税標準金額の調査に於て、質問権、帳簿検査権等の行政上の調査権が認められてゐたに過ぎない。故に直接税に付ての犯則の嫌疑があつても、収税官吏に犯罪事実の心証を得ることが出来ないから、かゝる場合は一般犯罪に対すると同様旧刑事訴訟法第二六九条第二項によつて告発の義務が負はされてゐたに過ぎなかつた。

斯の如く間接税についてのみ旧間接国税犯則者処分法の適用があり等しく国税である直接税に付て此の適用を除外してゐたのは、租税の性質が異なるのと、同法の制定当時は間接税の国家財政上の地位が直接税のそれより大きかつた沿革上の理由に基くもので、租税犯罪の取締上両者の間に差異を設けねばならなかつた立法上の理由があつたのではない。

昭和二十二年三月法律第二十九号で旧間接国税犯則者処分法は廃止せられ、新に国税犯則取締法が制定せられて、直接税たると間接税たるを問はず、国税の犯則について収税官吏に刑事訴訟法と同様な権限が附与せられたのは、直接税、間接税の区別なく一般に国税犯則事件に関し、其の行政犯的性質に基き、収税官吏が専門的智識経験によつて、刑罰の財政上に及ぼす具体的影響を考慮した上独自の見解を以て為す国家意思を尊重し国税犯則の全部を取締る趣旨であつて、この見地からしても原判決が同一法規中にある同一字句を一は告発が訴訟条件であるが一は然らずとすることは沿革上の旧い観念に拘泥して改正の趣旨を理解しないものである。

(ロ)原判決は間接税に対する通告処分制度を以て告発を訴訟条件とする唯一の根拠としてゐるが、通告処分は刑罰権の行使を行政官たる税務署長に認め其の履行を公訴権の消滅に繋らしめて同一事実につき重ねて刑罰を科せないとの趣旨を明にしただけのもので、告発を訴訟条件とする直接の規定ではないことは、間接国税犯則者処分法第十三条、第十四条第二項に於て通告処分をしない場合の告発を規定してゐて、此の場合に於ても通告処分をなしたときと同じく告発が訴訟条件であると解されてゐることは前述の通りであるから、原判決が通告処分を認めたが故に間接税のみについて告発が訴訟条件であるとの判示は正確な解釈だとは謂へない。

(ハ)現行所得税法第四十三条ノ二の規定は、法人が課税標準又は欠損金額の計算の基礎となるべき事実を隠蔽し又は仮装し其の隠蔽又は仮装したところに基いて第十八条、第十九条第一項但書若しくは第二十条、第二十二条の規定による申告書を提出したときは、実質的刑罰たる重加算税(旧法は追徴税)を課することになつてゐる。この重加算税は租税歳入として国庫に収入せられるが実質上の罰金刑であることは学説判例の一致するところである。即ち税務署長は間接国税に於ける通告処分と同様に、法人税に於ても実質上の刑罰たる重加算税を科する権限を有するのである。従つて原判決の如く直接税の場合に於ては告発が訴訟条件でないとすれば、収税官吏によつて本件の場合の如く法人税法第四十八条の逋脱犯に該当しないと認めて更正決定をなし、且つ罰金たる追徴税の納付を通知し、納税者は之によつて納税を完納し納税義務の消滅した事案に対し、検察庁が租税行政庁の行政処分と全く同様な事実に対しても更らに逋脱犯として公訴を請求することが出来ることゝなり、同一事実に対し二重の処罰が行はれ一事不再理の原則に反し憲法第三十九条に違反することは明瞭である。

(ニ)行政庁が法規に基いて為した行政処分は其れが無効又は違法処分として取消される迄は国家の行為としての効力を有するから、行政庁が適法に為した行為は他の行政庁其の他の国家機関は之を尊重し之を認容せねばならない法規上の拘束を受けることは学説上異論のないところである。

国税に関する事務は、官制によつて租税行政庁の専権に属するのであつて、国家の徴税権の侵害を処罰する逋脱犯については、其の侵害があつたのか否かは第一次的に租税行政庁の判断を以つて決すべきことも当然の事理である。唯租税行政庁は明文なき限り徴税権侵害の程度、科刑を為し得ないことは当然であるが、事件が司法権の作用に移さねばならないものか又は行政処分として処理すべきものかの判断をする為に必要な権限を持たねばならないことは租税犯の性質上寧ろ当然と謂はねばならぬ。故に国税犯則取締法は刑事訴訟法に対して特別法の地位にあつて、収税官吏のみに租税犯につき検挙の権限あることを規定してゐるのであるから租税行政庁が逋脱犯につき捜索の結果を判断せない前には、徴税権の侵害ありとして公訴を請求するには、先ず租税行政庁の告発を要するものと解せざるを得ない。

凡そ国家機関には法規によつて権限の独立を維持せしめ以て国権の作用に秩序を保ち相侵犯せざらしめることは国政運用の大原則であつて、此の原則からも、租税犯罪について収税官吏の告発を訴訟条件とするのでなければ、行政権と司法権の作用が互に相侵犯する場合を生じ立法、司法、行政の作用が各々独立した機関によつて行使し国民の利益を保護するといふ我国憲法の原則に反することになる。何となれば徴税権の侵害ありや否やの裁判は、当然の結果として納税義務の有無、課税標準の性質、並に数額の決定、行政罰と逋脱犯との限界の判断等租税行政権の作用が前提となるからである。

(ホ)原判決の如く私的独占禁止法第九条、国税犯則取締法第十三条、第十七条第一項、議院に於ける証人の宣誓及証言に関する法律第八条但書の如く法人税法違反については告発が訴訟要件なる趣旨が法文上明瞭でないから下級審に於ては訴訟条件でないとして議院の告発がなくて公訴を請求した西尾事件につき、最高裁判所が議院の自治を目的とする立法趣旨から之を訴訟条件なりと判示したのである。

この「議院の自治を目的とする」といふ最高裁判所の判決の趣旨は、移して以て租税犯につき収税官吏の財政的効果の判断を裁判上の要件とする目的で国税犯則取締法第十二条ノ二の規定を設けたといふ立法趣旨に当てはめることが出来るのであつて、原判決はこの意味に於て最高裁判所の判例に反すると謂はざるを得ぬ。

(ヘ)原判決は国税犯則取締法第十二条ノ二の規定を経済調査法第二十六条の告発すべしといふ規定と同様収税官吏に為したる訓示的規定だと判示してゐるが、経済犯則は一般犯罪と同じく検察庁の権限に属する性質の犯罪であるから、其の経済犯罪を取締る当該官吏が検事の補助役であり従つて告発が訴訟条件でないといふことは当然であるが、租税犯罪の取締は経済取締とは全く趣を異にし、国家の財政権の保護を目的とする行政犯であつて租税法規中には真の意味の行政罰から真の意味の刑罰が広い範囲に規定せられて租税行政庁の裁量に委ねられてゐる。故に収税官吏が逋脱犯の嫌疑ありとして国税犯則取締法により取調べを行つた結果、犯則の心証を得たときは告発し、然らざる場合は告発すべからずといふことが判示の所謂処理方法の持つ内容であつて、此の処理方法を規定したといふだけで、本件逋脱犯について収税官吏の告発が訴訟条件でないといふ結論にはならない。

告発が訴訟条件であるか否かは国税犯則取締法第十二条ノ二の規定の処理方法とは離れて、国家の財政目的、租税逋脱犯の本質、収税官吏の権限等から判断せなければ何故処理方法を規定したかの意味が解らない。

原判決が「国税に関する反則事件を調査するには会計経理に関する専門的智識や実践的経験が必要であつて其の智識と経験を持つている収税官吏に反則事件を捜査させることを適当と認め国税犯則取締法により収税官吏にも強制捜査権を与へたのである。又犯則事件の処理について財務行政上の観点から徴税等の面に考慮を払ふ必要もあつて情勢により司法処分を行ふ事が適当でない場合もあらうが終戦後国の徴税権を確保し経済的復興に資する為一般に司法処分を以て犯則を防止する必要を認め前記の通り法人税法等の罰条を改正して刑罰を加重しているのであつて其の反面に司法処分を行ふについて国税犯則取締法第十二条ノ二を設け検察官の公訴権の行使に重大な制限を加へ収税官吏の告発手続を起訴条件と定めたものと解することは妥当でない」と判示してゐるのは検察官のみが犯罪捜素の特別能力を有するとの先入主に支配せられて国税犯則取締法第十二条ノ二の規定は収税官吏をして検察当局の補助役たらしむる趣旨だといふ浅薄な解釈に基くもので同法の真の意味を理解しない不当の判示なることは言を俟たない。

第二点原判決は昭和二十四年三月二十八日附で為された検事安原美穗の公訴請求に対し、同年六月四日附を以て検事別所汪太郎より予備的訴因の追加請求があつたのに、予備的訴因に対する公訴の同一性についての判断を示さず、且つ本訴により裁判をしなかつた理由を附せないで予備的訴因について裁判を為したのは違法である。

本訴因第一の事実は被告会社の昭和二十一年八月十一日より昭和二十二年三月三十一日迄の事業年度に対するもので、法人税法(昭和二十三年法律第百七号)附則第四十一条第二号によつて法人の普通所得、超過所得の決定については旧法人税法(昭和十五年法律第三十五号)が適用せられ納税義務の具体的な確定は納税義務者の申告によるのではなく同法第十九条により政府による課税標準金額の決定によつてゐたので、当時に於ける逋脱犯の既遂時期は政府による課税標準金額決定の時と解されてゐた。

然るに本訴因第一は之を申告納税制度に改正せられた現行法に於ける逋脱犯の既遂時期と同様申告のときと解し、被告会社が当該事業年度の申告書を昭和二十二年八月八日頃、別口勘定の利益、三、一〇三、一四七円を秘匿し普通所得は一、三三八、一四七円なる旨の虚偽の申告書を所轄税務署長に提出して法人税一、一九九、七八八円を逋脱したとの犯罪事実を摘示して公訴を請求したのである。而して第六回公判に於て検事別所汪太郎より予備的訴因の追加請求書の提出があり、弁護人等に意見を求められたので、第八回公判に於て公訴事実の同一性を害するから許さるべきでないとの意見を明にしたのである。

(第八回公判調書)

斯の如く本訴と予備的訴因とは犯罪の既遂時期を異にする結果逋脱犯の構成要件の一たる詐欺、其の他不正の行為と、政府の課税標準金額誤認との因果関係によつて犯罪成立の重大要件なりと解せられるに反し現行法のもとに於ける逋脱犯は仮りに納税義務者の申告によつて既遂となる説(原判決も同趣旨)に従へば犯罪の既遂時期及因果関係等犯罪の態様に於て根本的に相違するのみでなく、本訴に於ける脱税額は前述の通り一、一九九、七八八円なるに予備的訴因の脱税額は二、六九三、九四三円なりと謂ふ甚しい犯罪事実の相違があるから予備的訴因第一については公訴の同一性を害し本訴とは別個の新しい起訴と認むとの弁護人の主張に対し何等の判断を与へず、且原判決が本訴を排斥し予備的訴因によつて判決したものと推測せられるのに其の本訴により裁判をしなかつた理由を判決に附さないのは訴訟手続を誤つた不法がある。

第三点原判決は被告会社及被告人横山清松に逋脱犯の構成要件たる法人税を免れんとする犯意の有無の決定につき事実を誤認し且つ証拠によらないで犯意を認定した違法がある。

(イ)法人税法第四十八条の逋脱犯の犯意は、自己の具体的行為が法人税法に定めた納税義務を免れしめ因つて以て国家の徴税権を侵害することを認識しながら敢て之を為す行為又は不行為であると謂ふことは現在に於ける定説である。

(ロ)原判決は被告人横山清松の公判に於ける供述(但し法人税を免れる目的を以て判示別口勘定を設け法人税の申告をするについて、別口勘定を計算に入れなかつたのではない旨の供述部分を除く)並に小森謙治、西野康雄、寺垣精一各証人の公判に於ける証言によつて、別口勘定を設けたこと。被告人横山が経理部員四方敬蔵、荻野栄一に別口勘定の利益あることを告げないで之を除外した財産目録、貸借対照表、損益計算書を作らしめたこと。

別口勘定を除外した決算書なることを認識しながら荻野をして所轄福知山税務署長に申告書を提出せしめたことに基いて、被告人横山に法人税逋脱の犯意があつたものと認定したものと推測せられるのであるが原審のこの認定は証拠を正しく判断したものでない。

(ハ)別口勘定を設けること其れ自体を以て被告会社が二重帳簿による脱税の意図があるものと認定することは出来ない。

別口勘定を設けることは会社自体の会計組織の都合から各々之れを設ける目的があり理由のあることであつて、世間一般の会社が広く実行してゐるところであるから二重帳簿作成の時の四囲の状況から其の然るや否を判断すべきものである。

本件の場合被告会社が別口勘定を設けたことが脱税の犯意からだと判示するには、それが脱税の目的で別口勘定が作られたといふことを証拠によつて認めねばならないのに、原判決の採用した証拠からは之を証明すべき事実はない。

証人小森、西野、寺垣の証言(第三回公判調書)及被告人横山の供述(第一回第九回公判調書)によれば、別口勘定を設けた動機は各工場の簿外財産である器具、其の他の不要品の売却代金を各工場に於て勝手に処分することの弊害から、之を本社に集めて、工場間の各利益を均等ならしむる監査上の目的で最初小森監査課長の発案によつて、之を経理部長たる被告人横山に諮り、同人は被告会社の機密費、交際費其の他の支出の便宜から之に同意し別口勘定の中A勘定が設けられた(前記証言)其の後B、C、K、の各勘定に拡大せられ相当多額の数字が一種の未清算勘定としてA勘定と同様の趣旨によつて繰返されたのであるが、此の点の事情については原審は何等の審理をしてゐない。

(ニ)前述の如く別口勘定の収入超過が相当多額にのぼり、被告会社の各事業年度の法人税の申告時期に、この清算尻を申告から洩らした事実を捉へて脱税の犯意があつたと認定したとしても、それは被告人横山の供述を強て否認し原判決が同人の犯意を認定したのに過ぎない。

被告会社は昭和二十一年八月十五日会社経理応急措置法の適用会社となり、更に同年十二月持株会社に同二十三年二月過度経済力集中排除法に基く所謂集排指定会社となり(集排指定は同二十四年四月解除)金融活動上種々な法規上の制約を受くるに至つた。一方会社の機密費、交際費等の支出が相当多額にのぼり、会社内部の事情もあつて此等の支出財源を別口勘定に求めてゐたので、別口勘定の整理を外部に対しては勿論、会社内に於ても秘密にする必要があつたことは信ずに足る事実であつて監査課長小森謙治、経理課長西野康雄及経理部員寺垣精一及経理部長たる被告人横山清松の外は一切之を知らしめなかつたことも四囲の事情から考へて道理あることで、全く脱税の意図から秘匿してゐたのではない反証として充分である。此の事実は被告人横山が別口勘定の清算を寺垣に命じ同人も一、二回清算に手をつけたが何分件数も多く内容も復雑である為に遂のびのびになつてゐた(第三回公判小森、寺垣証言)意味の証言からも一層明瞭に証明せられる事実で、別口勘定を秘密にしてゐた事実のみで被告会社並に被告人横山に脱税の犯意があつたとの認定は犯意の認定としては不充分である。

(ホ)被告人横山が被告会社の法人税の申告に当つて、担当者たる四方敬蔵、荻野栄一に別口勘定のあることを知らしめないで、同人等をして、本勘定のみによつて財産目録、貸借対照表、損益計算書を作成せしめ、之を所轄福知山税務署長に申告することを承認したのは、被告人横山に法人税を免れる目的があつたからだと原判決は認定してゐるが、この認定を裏付ける証言は見当らないのみか、反つて被告人横山が別口勘定を清算して適当の時期に本勘定に移す為に、寺垣に清算を命じた事実のあることは前述の通りであり、且つ被告会社が特別経理会社であり、昭和二十一年八月十一日より企業再建整備法による整備計画の認可があつて、新旧勘定併合のとき全部の確定決算を行ふから、その時期に別口勘定を清算しても、法定事業年度毎に清算して本勘定に移しても、結局のところ所得金額の合計額には変りはないから、別口勘定を新旧勘定併合の時まで未清算として繰り延べてゐても納税上別に差支へないものと考へた(第一回、第九回公判横山供述)との供述から(原判決は殊更之を証拠から除外してゐる)寧ろ被告人横山には法人税を免れる目的で決算のとき別口勘定を秘して四方、荻野両人に知らしめなかつたのではないことを窺知することが出来る。殊に四方、荻野は被告会社の決算書類作成の担当者で毎月本勘定に属する諸勘定の整理に当つてゐるから事前に於て特に被告人横山の指示がなくても決算時期になれば、本勘定の締切を行ひ、貸借対照表、損益計算書の作成を終つて後経理部長たる横山に報告するのが普通の事務経路で、被告人横山が此の報告を受けたとき別口勘定を清算して本勘定に加ふることを命ずるとすれば、社内に於て労働攻勢等の事情より特殊の者以外は知らしめないといふ目的が破れて、特別経理会社としての金融処理に影響を及ぼし、別口勘定を設けた趣旨に反するから、此等の原因が除去されて本勘定、別口勘定の合一まで内密にしておくといふことも適当な処置だと謂はねばならぬ。

原判決が被告人横山の被告会社全体の利益から止むを得ず採つた心境を真実に供述したのを単なる弁明として退け適格な証拠もなくて被告人横山清松に「法人税を免れる目的を以て」と判示したのは審理不尽の違法があると断ぜざるを得ない。

(ヘ)前述の通り被告会社が特別経理会社で、指定時から企業再建整備法による整備計画の認可があり新旧勘定併合の日迄を一事業年度と法定されてゐるので、其の期間中は株主総会の招集もなく決算を確定する必要もない。唯企業再建整備法附則第二項に於て、法人税法の適用上は定款に定める事業年度終了の日に於て事業年度の終了したものと看做すことになつてゐるが、これは単に概算による納税申告を命じた迄のものであつて繰り延べてゐる未清算勘定を清算して申告するには及ぶまいと考へたことにつき法律上の錯誤があつたとしても、之れは被告人横山がかく信ずるにつき正当の理由があり、かく信ずることに付て過失はないと謂はねばならぬ。何となれば昭和二十二年八月企業再建整備法の施行に伴ふ法人税の取扱の件(大蔵省通牒)第一〇項に「特経会社は企業再建整備法による場合は指定時から新旧併合の日までを一事業年度として計算するから其の期分の決算が確定した場合において既に経過した定款に定めた事業年度分の計算についてその確定せる決算を理由として訂正申告をなすことがあるかも知れないがこの場合でも原則として前の課税は訂正せずその差額はすべて整備計画認可の日を含む事業年度の損益として処理する」といふ内訓による取扱を各税務署に於て実行してゐたと認められるから、特別経理会社に限り法人税法(昭和二十二年法律第二八号)第二十一条の規定による所謂看做事業年度の申告に未清算として繰越された勘定があつても新旧勘定併合を含む事業年度で清算尻を申告すればよいと考へることは当然であつて被告人横山に何等の過失がない。即ちかく信ずるにつき被告人横山に正当の理由があつたと謂はねばならぬ。

以上の諸点を綜合するには被告会社並に被告人横山清松に法人税を免れる目的を以て為した犯意は其の証拠不充分であつて原判決が逋脱犯の成立に最も重要な犯意につき証拠の取調が不充分不完全の為に事実の認定を誤つた違法があると謂はざるを得ない。

第四点原判決は逋脱犯の構成要件の観念を誤解し本件に対し不法に旧法人税法第二十九条及法人税法第四十八条を適用した違法がある。

(イ)法人税法第四十八条の逋脱犯の構成要件は納税義務者に法人税を免れんとする犯意あること。法人税を免れたこと。即ち免れんとしたのではなく現実に免れた結果を生じたこと。詐欺其の他不正の行為によつて法人税を免れたこと。即ち詐欺又は不正の行為と免れた結果との間に相当因果関係あること。逋脱犯として処罰するには右の三要件を具備せなければならない。その内の一つを欠いても逋脱犯の成立しないことは通説であつて判例も之を認めてゐる。

原判決は「被告人横山清松は被告人会社本店に於て昭和二十年十二月から経理課長として、昭和二十一年十二月から経理部長として引続き会計経理納税等に関する事務を統括してゐたのであるが、被告会社が昭和二十一年八月十一日会社経理応急措置法により特別経理会社に指定せられた後本店等の機密費的な費用の財源に充てる為前記各工場等の会計係に命じ新勘定に属する資材、用度品其の他繭屑標準歩止りを超えた副蚕糸糸屑等を処分した代金を遠近に拘らず直接本店経理課に持参させ秘かに同経理課員寺垣精一に別口勘定として之に関する記録出納及び保管の事務を担当させ且つ法人税を免かれる目的を以て其の情を知らない同経理課員四方敬蔵、荻野栄一等に右別口勘定を除外した財産目録、貸借対照表及損益計算書等を添付した法人税申告書を作成せしめ之を福知山市内の所轄福知山税務署に提出させて法人税を免れたのである」と判示してゐる。

原判決が逋脱犯の構成要件を如何に理解し又本件の場合どんな行為が構成要件該当性の行為であると認めたかを明にすれば「秘かに別口勘定を設け情を知らない四方敬蔵、荻野栄一をして之を除外した財産目録、貸借対照表、損益計算書を作成せしめたのは法人税を免れんとする犯意からである」。「別口勘定を除外した虚偽の申告書を所轄福知山税務署長に提出せしめたのは不正行為である」。との二事実からである。

此の虚偽の申告によつて訴因第一については同署長をして之に基き法人税の決定を為さしめ、訴因第二乃至第四については之によつて納税して因つて以て法人税を免れたと要約せられるか此の見解は租税の本質、申告納税制度の意義、租税犯の立法的構成、逋脱犯と行政罰との区別、逋脱犯の立法的沿革等を無視して本件を強て逋脱犯と認めた不法の判決だと謂はねばならぬ。逋脱犯に於ける犯意及本件に対し原判決が被告会社並に被告人横山清松の如何なる行為を以て犯意と認めたか、而して之が当否については控訴理由第三点に於て之を明にしたから再びこゝに述べない。

(ロ)本件について原判決は被告人横山が、別口勘定の利益を除外させて虚偽の申告書を作成せしめ之を所轄税務署長に提出させた一連の行為が、逋脱犯の構成要件たる不正の行為に該当すると判示してゐるが、これは不正の行為を極めて広義に解し不正行為の徴税権の侵害に及ぼす程度の標準を誤つたものである。

凡そ不正行為とは之を広義に解すれば苟しくも租税の軽減を目的として為す一切の行為は皆不正行為だと謂ふことが出来るが、逋脱犯の構成要件としての不正行為は斯の如く広義に理解すべきものではない。これは法人税法第四十八条が詐欺に準ずべき犯罪類型として規定されてゐるのと其の法律効果として懲役刑を以て法定型としたことから容易に理解し得るところである。而して如何なる不正行為を以て詐欺に準ずべき不正行為と解すべきかは、法人税法全体の立法的構成並に其の沿革から判断すべきである。

現行法人税法に於ては、徴税権の保護を目的として各種の処罰規定を設けてゐる。即ち法定期限中に為した申告額が政府の調査したところと異なり税金を追徴せられる場合、その過少申告を為したことにつき正当の理由のないときに課せられる過少申告罰。(法人税法第四十三条第一項)正当の理由なくして申告を怠つたときに課する無申告加算罰(同条第二項)課税標準又は欠損金額の計算の基礎となるべき事実を隠蔽し又は仮装しその隠蔽し又は仮装したところに基いて作成した申告を提出し又は提出しないときに課する重加算罰(法人税法第四十三条ノ二)租税を免れる目的を以て故意に法定申告期限に申告書を提出しないときの所謂不作為による脱税未遂罪(法人税法第四十八条ノ二)収税官吏の調査権の行使に協力せず又之を妨害する検査拒否罪(同法第四十九条)詐欺不正の行為によつて法人税を免れた逋脱罪(同法第四十八条)以上の如く現行法人税法は徴税権の侵害の危険を妨止せんとする軽度の不正行為から詐欺其の他不正の行為によつて脱税の目的を達し国家に損害を及ぼした不正行為までの広い範囲にわたつて処罰類型が規定されてゐる。此等の立法趣旨及各場合に於て処罰の対象となる不正行為の内容を比較すれば逋脱犯の不正行為が如何なるものかは容易に理解せられるのである。即ち逋脱犯に於ける不正行為は収税官吏が納税義務を調査確認する場合に法人、代表者、代理人、使用人、従業者によつて積極的に又は消極的に妨害を受け、この妨害行為によつて納税義務の確認を誤らしめた行為であつて、不正行為と収税官吏の課税標準金額に対する事実誤認行為との間に、相当因果関係を有する如き不正行為でなければならない。之れ法人税法第四十八条が詐欺其の他不正の行為により法人税を免れた者と規定して未遂犯として処罰する場合を除外してゐるからである。之に反し逋脱犯に於ける不正行為以外の不正行為は斯の如く収税官吏と相対的関係にある場合でなく(法文上明かな検査拒否罪の場合を除く)収税官吏の調査確認に危険を及ぼすべき行為であつて、多くは未遂犯、主として申告義務違反行為として顕現せられる場合の不正行為とによつて両者の相異を見るのである。

租税犯に於ける不正行為を明文上かくの如く明確にしたのは昭和二十五年法律第七十二号による法人税の改正であるが、旧法人税法のもとにおいても趣旨は全く同一であつて、今回の改正においては不明なもの足らざるものを補つたに過ぎない。即ち旧法人税法第四十三条は「第二十六条第二項の規定による法人税の納付があつた場合又は第三十三条の規定による追徴税額に相当する法人税を徴収することゝなつた場合においては、第十八条乃至第二十二条、第二十四条の申告期限若しくは第三十三条第一項の規定により命令で定める申告期限内に申告書の提出がなかつたこと、第二十五条第一項の規定による申告書の修正があつた場合において前の申告若しくは修正した課税標準が政府の調査した課税標準と異なることについて已むを得ない事由があると認められる場合を除くの外政府は当該税額に百分の二十五の割合を乗じて算出した金額に相当する税額の法人税を追徴する」と規定して現行法に於ける軽加算税、重加算税の場合の行政罰が併せて規定されてゐた為に、現行法重加算税を課する場合の不正行為と逋脱犯の場合の詐欺に準ずる場合の不正行為との分界が必らずしも明らかでなかつたから明文を以て之を明かにしたのである。従つて逋脱犯の構成要件たる不正行為の概念は法人税が賦課課税制度であつた旧法の場合と少しも変らないのである。(忠佐市著財政経済弘報昭和二十五年四月特別第一〇号参照)

然るに本件につき大阪国税局は愼重審議の結果法第四十八条の逋脱犯とは認められないとして告発をせず法第二十九条によつて更正決定をした事案(第七回公判吉本証言)に対し、原判決は別口勘定を秘して之を除外した虚偽の申告書を作成せしめ之を所轄福知山税務署長に提出した事実を捉へ逋脱犯の構成要件たる不正の行為と判示したのは不正行為の標準を誤り現行法における不正申告罪(仮称)の場合を更に逋脱犯としたのであつて其の不法なるは言を俟たない。何となれば虚偽の申告は現行法第四十三条ノ二の重加算税を課すべき場合に該当し未だ税を免れた結果はなく全く未遂の場合を罰することゝなるからである。

(ハ)原判決は被告会社の虚偽申告書の提出によつて訴因第一のについては福知山税務署長をして之により法人税の決定をなさしめ訴因第二乃至第四については此の申告によつて納税し因つて法人税を免れたと判示してゐるが、これは申告納税制度を曲解し租税の本質を究めず申告によつて(訴因第一は暫く措く)直に納税義務が確定するもの、換言すれば逋脱犯は申告によつて既遂となるとの誤解に基くものである。

抑も租税は国家並に公共団体の歳入を充足せしむる為に国民に対し法律によつて一方的に定めた金額を無償にて給付せしむる金銭又は金銭的犠牲であるといふことは財政学上の通説である。即ち国民の負担する納税義務は法律により一般的に抽象的に定められ納税義務者は自ら自己の納税額を判断し計算して申告することを法律上命ぜられてゐるが、租税は寄付金とは違ひ納税者の一方的な申告によつて確定するものではない。納税者の申告した納税額が法律の定むる納税義務の範囲に一致するや否やは政府自ら確認するのであつて、政府は納税者の同意を要したり申告に拘束せられたりするものではない。而して政府が各人の納税義務を確認するには収税官吏によつて調査に依らなければならないから例へ納税者の申告を其のまゝ是認する場合でも各方面の調査基準に照し申告が法律上正しいか否かを調査して決するのである。調査をしなければ申告が正しいかどうかは解らない。収税官吏の調査の結果申告が相当なときは之を是認し不相当なときは更正し、申告のないときは政府自ら決定するのである。この納税義務が具体的に確定するには収税官吏の調査を要するといふことは租税の本質からの原則であつて、政府が納税義務の範囲を定むる課税標準を決定し此の決定通知書を納税義務者が受領することによつて一定税金の支払義務が発生してゐた賦課税制度の旧法時代にあつても、納税者の自主的申告によつて支払義務を発生させる申告納税制度の現行法のもとに於ても納税義務の最終的確定は政府の調査により政府が一方的に確定せしむるといふことは全く同一である。申告納税主義の特長は政府が納税義務を調査確認する前に納税義務者自らの計算した金額の支払義務が発生するといふこと即ち申告納税制度は税金納付の確定であつて税金算出の根基となる課税標準は申告納税制度のもとに於ても飽くまで政府の調査を経て一方的に確定するのである。納税義務の確定がなければ税を免れる結果は生じない。納税義務の範囲は申告によつて確定するのではなく政府の調査により確定するから、納税義務者の虚偽の申告によつて、税を免れ国家の徴税権を侵害するといふことはあり得ないといふことになる。このことは現行法人税法は明文を以て解決してゐる。即ち法人税法第二十四条第一項は「第十八条乃至前条の規定による申告書を提出した法人は、当該申告書に記載した所得金額若しくは積立金額又は法人税額について不足額がある場合(納付すべき法人税のない旨の申告書を提出した法人にあつては納付すべき法人税がある場合)においては第三十二条の規定による更正又は決定の通知があるまでは、先に提出した申告書に記載した事項のうち修正すべき事項、その他命令で定める事項を記載した申告書を政府に提出することが出来る」と規定しその修正原因の如何を問はず政府の更正決定の通知ある迄は何回でも申告書の修正提出が出来ることを規定してゐる。この改正の趣旨は法人税の課税標準たる所得の計算は復雑な会計智識と計算技術を要するので之に基く誤調誤認等の所謂過失の場合でも又は客観的には詐欺不正の行為たる二重帳簿によつて虚偽の申告をしてゐた場合でも其の後真実な修正申告によつて結局に於て政府の徴税権が事実上侵害を受けなければ処罰する必要がないと認めたものと謂はざるを得ない。即ち旧法人税法(昭和十五年法律第二五号)第二十九条第二項「自首又は税務署長に申告でたものは其の罪を問はず」と規定した立法趣旨を申告納税制度にとり入れたのである。

若し原判決の如く申告によつて逋脱犯が既遂になるとすれば納税者が不心得から一度不実の申告をすれば其の後翻意して善良な納税者となつて真実な修正申告をして納税を完了しても又は収税官吏の調査に協力して政府の更正決定によつて税を免れた場合を生じなくても逋脱犯の消長には影響はなく飽くまで虚偽の不正行為によつて税を免れたものとして処罰せねばならないといふ結果となり法人税法が行政罰たる軽加算税、重加算税無申告加算税等を課して行政的処置をする場合はなくすべて法第四十八条の逋脱犯で処罰し唯申告をしなかつた法人だけが逋脱犯から免れるといふ不合理を生ずるのである。

租税は国家の如き強力な権力者の一方的意思によつて調査確認することが法律上許されなければ各人の負担の公平は期し得られるものでないことは租税史の教ふるところである。即ち納税義務の確認と収税官吏の調査とは絶対不可分の関係であるから如何に申告納税制度になり虚偽不正の申告を厳罰しても収税官吏の調査確認がなくて納税者が一方的に納税義務を確認し負担の公平が維持せられるといふことは現代の租税制度では恐らく不可能と謂つても過言でない。然るに申告納税制度を重視するの余り納税義務は申告によつて確定し逋脱の結果を生ずるから虚偽の申告は逋脱犯を構成すると一罰百戒の厳罰効果は大部分の納税者を無申告に追ひ込み申告納税制度は申告禁止制度と同様な結果となる虞れがある。

又一方租税は何等の対価を与へないで一方的に給付せしむる金銭的犠牲であるから不正行為によつて納税義務を回避することも止むを得ざる罪悪として立法上考慮に値する処であるから詐欺不正の行為によつて収税官吏の調査権を妨害し因つて以て国家の徴税権を侵害して現実に損害を及ぼした場合を逋脱犯として重く罰すれば足り、政府の調査によつて回復し得べき程度の侵害及侵害の危険程度の申告義務違反行為の如きは軽き行政罰を以て満足する今回の改正も租税の本質と沿革とに基いた当然の改正である。

以上の理由から逋脱犯の既遂の時期は納税者の申告とは何等の関連なく詐欺其の他不正の行為によつて収税官吏の調査確認を妨害し以つて政府をして誤まつた確認をなさしめた時と謂はなければならぬ。

(ニ)不正行為による虚偽の申告と法人税を免れた結果との間に相当因果関係のあることを要することは法人税法が「詐欺其の他不正の行為により法人税を免れた場合」と規定したことから明瞭であつて逋脱犯が法人税を免れて国家に損害を及ぼしたこと要するに結果犯、実害犯であることは学説判例の一致するところである。而して此に所謂免れたことは収税官吏の調査確認を誤まらしめて政府をして課税標準の更正又は決定を為さしめた場合を謂ふのである。国家の徴税権の作用は納税者の申告から始まり政府の確認を得て納税義務の確定を生じこの確定によつて決定した税金額を現実に国庫に収入して始めて終了するのであるが、徴税権の作用の実体を為すものは飽くまで政府の調査確認行為である。確認によつて納税義務は最終的に確定しこの確定した税金を納付すれば納税義務は消滅するから詐欺不正の行為によつて課税標準の確定を誤らしめたとき完全に徴税権の侵害は実行され政府は実害を受けたと観るべきである。故に法人税を免れたとき即ち逋脱犯の既遂の時は収税官吏の調査権が侵害され政府をして納税義務の確認を誤らしめたときと謂はねばならない。この理論は逋脱犯の成立につき重大な意義を有するのである。即ち詐欺不正の行為によつて収税官吏の調査権が妨害せられたことゝ、誤つた確認行為との間の因果関係の問題である。客観的には収税官吏の調査を妨害し得べき程度の詐欺不正の行為があつても、収税官吏の調査に当つて一切を自白して調査に協力して収税官吏の調査確認を誤らしめなかつたとき又は詐欺不正の行為が収税官吏の調査確認を誤まらしむる程度のものでなかつたときは法人税を免れた結果は生じないから逋脱犯の成立はしないと謂はなければならぬ。

本件の場合被告会社は大阪国税局員山崎利夫等の調査に当り別口勘定を呈示して紳士的に調査に協力したことは前述の通りであるから、例へ百歩を譲つて別口勘定を設けたこと、之を除外した虚偽の申告が法人税法第四十八条の逋脱犯の構成要件に該当してゐるとしても政府の被告会社に為した訴因第一乃至第四の事業年度に対する更正決定を誤らしめて法人税を免れしめたものでないから別口計算を設け虚偽の申告をしたことゝ更正決定との間には相等因果関係はない。原判決は此等の事実を認定しておきながら逋脱犯の成立を認めたのは法人税法第四十八条を正当に解釈したものと謂ふを得ない。

第五点原判決は訴因第一について、審理不尽の為に旧法人税法第二十九条(昭和十五年法律第二五号)の適用を誤つた違法がある。

原審は「別口勘定を除外し同事業年度の普通所得は一、三三八、一四七円である旨を記載した所得申告書及添付書類を前記福知山税務署長に提出して虚偽の申告を為し翌昭和二十三年五月末頃同税務署長から右申告に基き同事業年度の普通所得は、四、七五〇、〇六八円、超過所得は二、〇〇四、二四〇円、其の法人税額は二、一四〇、四八四円である旨の決定を受け以て不正の行為により法人税二、六九三、九四三円を逋脱した」と判示してゐるが旧法人税法(以下単に法と謂ふ)の施行当時に於ては、法第十八条によつて法人は所得を申告する義務を有してゐたが、この納税者の申告は、課税標準金額、即ち法人の財務諸表の明細書の提出であつて、政府が徴税権の活動を始むる準備行為たるに止まり、申告によつて納税が履行せられるのでなかつた。政府は自らの調査活動によつて課税標準金額を決定し、之を納税義務者に通知し納税義務者は政府からの決定通知書を受領して始めて具体的な納税義務が発生し、納税者は更らに政府よりこの決定通知書に基いた徴税令書の送達を受け政府の指定した納期限に一定金額を納付するといふ制度、所謂賦課課税制度であつた。従つて申告書に虚偽の記載をするとか別口勘定を秘してゐただけで逋脱犯が成立することはなく唯詐欺不正の一方法となる場合があつたのに過ぎない。法第二十九条の逋脱犯が成立する場合は詐欺其の他不正の行為によつて収税官吏の調査を妨害し積極的に政府の徴税権を侵害することによつて、政府の法律上為すべき課税標準の決定を誤らしめたとき、即ち詐欺其の他不正行為と政府の誤認決定との間に因果関係があると認められるとき逋脱犯が成立し告発を為すべきものと解されてゐた。しかし実際は収税官吏の調査のとき一切を自白したものは自首又は税務署長に申出でたものとして、収税官吏の調査で真実が判明したものは、政府の確認を誤らしめなかつたものとして逋脱犯の成立を認めたものはなかつた(第七回公判吉本清証言)。

原判決が政府の調査に当り果して被告会社に於て詐欺其の他不正の行為によつて収税官吏の調査を妨害した事実があつたか否かの審理をせず又本件犯罪事実が法第三十条の「第二十条ノ規定ニ依ル帳簿書類其ノ他ノ物件ノ検査ヲ拒ミ妨ゲ若クハ忌避シ又ハ虚偽ノ記載ヲ為シタル帳簿書類ヲ呈シタルモノハ千円以下ノ罰金ニ処ス」と規定した検査忌避罪の場合に該当するかどうかの判断をしないで逸早く別口勘定を除外した虚偽の申告書を提出し、此申告書に基き同事業年度の普通所得額四、七五〇、〇六八円超過所得額二、〇〇四、二四〇円其の法人税額は二、一四〇、四八四円である旨の決定を受け以て不正行為により法人税二、六九三、九四三円を逋脱したと判示したのは法人税は申告によつて納税義務が確定するとの先入主に陥つた為に審理不尽のまゝ法第二十九条を適用したのは違法である。

第六点原判決が訴因第二、第四の被告会社の中間申告訴因第一、第三の概算申告に対し逋脱犯の成立を認めたのは法規の適用を誤つた違法がある。

(イ)被告会社の訴因第二、第四、事業年度の申告は税法上所謂中間申告であつて其の申告所得は概算によるもので未だ所得は確定してゐない。即ち訴因第二の分は訴因第三の分に、訴因第四の分は昭和二十三年十月一日から翌年三月三十一日迄の法定事業年度の所得に合一せられて決算が行はれ株主総会の決議を経て決算に計上せられた所得が確定し旧法人税法第二十二条(昭和二十二年三月法律第二八号以下単に法と謂ふ)によつて確定申告として更らに申告すべきことが命ぜられてゐる。

故に法第七条によつて確定申告をなすべき事業年度は法令又は定款に定めた事業年度であつて被告会社は定款によつて毎年四月一日より翌年三月三十一日までと定めてゐる。

原判決は法第二十一条によつて「法令又は定款に定めた事業年度が六ケ月を超える場合においてはこの法律の適用について法定事業年度開始の日から六ケ月間を一事業年度とみなす」との規定によつて法人は例へ概算的でも申告をするから、此の申告を偽れば確定申告を偽つたと同様逋脱犯が成立するとの判示であるがこれは申告納税制度の立法趣旨を究めず申告によつて直ちに法人税逋脱の結果が生ずるといふ観念に座する誤謬である。

法第二十一条は政府の財政的理由から未だ決算の確定に至らないでも概算による中間申告によつて税金を予納させて置き確定申告によつて政府が納税義務を確定させたとき中間申告分の納税を清算せんとする歳入上の便宜規定であつて法令又は定款に定めた事業年度の確定申告と同様に取扱ふ趣旨でないことは法第二十条、第二十三条によつて「その確定した決算に基き法定事業年度の普通所得及超過所得金額を記載した申告書を政府に提出しなければならない」と規定して中間申告による所得が確定しない仮決算的なものであることを明にしてゐる。

中間申告が所得の確定しないものである以上納税義務も又確定しない。納税義務が確定しなければ税を免れた結果の生ずる道理がない。故に逋脱犯は成立しないと謂はねばならぬ。

若し原判決の如く中間申告に対しても逋脱犯が成立するとすれば確定決算のとき中間申告による所得が通算されて所得のないようになつたとき即ち税を免れた事実のないとき即ち徴税権の侵害のない場合でも尚逋脱犯の成立を認めることになり全く不合理である。

最近の判例に於て中間申告に対する逋脱犯を否定するに至つたが昭和二十五年の改正では更らに明文を以て之を明にしてゐる。即ち現行所得税法第十九条は「法人の事業年度が六箇月をこえる場合において第二十条の規定に該当する場合を除く外当該事業年度開始の日から七箇月を経過した日の前日までに前事業年度の法人税として納付した税額又は納付すべきことが確定した税金がある法人は、当該事業年度開始の日から六箇月を経過した日から二箇月以内に、その前事業年度の法人税として納付した税額及納付すべきことが確定した税額の合計額に六を乗じて前事業年度の月数で除して計算した金額に相当する法人税額を記載した申告書を政府に提出しなければならない」と規定してゐるが此規定は中間申告が法人税の確定前に概算により税金の支払のみを認め法人の事業年度の納税義務の確定たる所得金額とは関係のないことを明にしてゐるものと謂はねばならぬ。

以上の如く中間申告につき逋脱犯の成立しないことは、明文上、又は性質上明らかであるのに原判決が確定申告に対する理論と同一に律したのは当を得ない。

(ロ)訴因第一、第三は被告会社の法定事業年度分の所得に対するもので一応確定申告に当るものであるが、被告会社は前述の通り特別経理会社で昭和二十一年八月十一日より企業再建整備法による新旧勘定併合の日までを一事業年度として決算を行ひ之を株主総会に附議して承認を得始めて決算が確定せられるものであることは企業再建整備法第四十条の二の規定するところである。

法人税法上決算の確定に付て特に其の意義を決めてゐない。依つて商法の規定によつて決算が株主総会によつて承認せられたときを以て、税法上も決算の確定として取扱つてきてゐることは吉本証言(第七回公判同人証言)で明かであり、法第十九条の概算申告又は法第二十一条の中間申告を提出した場合について法第二十条、法第二十一条に「決算が確定し」又は「その確定した決算に基き」と規定した意義はこの意義に外ならない。従つて企業再建整備法による法律上の理由とか、帳簿書類を押収せられて事実上決算が不能な場合は法第十九条によつて会社は概算申告を提出する以外に方法はない。

企業再建整備法附則第二項に於て「法第四十条の二の規定にかゝわらず法人税法の適用については定款に定める事業年度の終了の日において事業年度が終了したものと看做す」と規定したのは六ケ月又は法定事業年度に中間申告、又は確定申告をせねばならぬといふ意味であつて法定事業年度毎に決算を確定せねばならぬという意味ではない。このことは昭和二十二年大蔵省通牒(前掲)によつて特別経理会社について新旧勘定を併合して決算を確定させたとき法人が法人税法の規定によつて申告した中間申告、又は確定申告の所得の変更を求めた場合確定申告として納税義務の確定せる既往の行政処分に効力を及ぼさないで便宜新旧勘定併合を含む事業年度分の益金又は損金に計算する旨の内規を定めて処理をせられた趣旨も特別経理会社の新旧合併までに於ける確定申告をするとき特別勘定を繰延べた場合も之を新旧勘定併合を含む事業年度にて清算することを認めたもので、特別経理会社の申告は法第十九条の概算申告の性質を有し新旧勘定併合の日を含む事業年度に於て始めて確定するものであると解さなければならない。

被告会社が特別経理会社の経費支弁の為に未清算勘定なる繰延べ勘定を設け、之を新旧勘定併合の日の属する年度に於て清算しても所得金額には相異はなく逋脱の結果は生じない且つ法律上決算の確定はなく中問申告の場合と同様なのに原判決が申告によつて逋脱犯が既遂なるとの見解で訴因第一、第三について逋脱犯の成立を認めたのは不法である。

第七点原判決は訴因第一について旧法人税法(昭和十五年法律第二十五号以下単に法と称す)第二十九条但書による免責条件に該当する事実はないと判示してゐるが、この判示は公判に於て取調べた証拠に現れた事実を誤認し同法但書の規定を不当に排斥した違法がある。

(イ)原判決は「大阪財務局査察部に於ては、大会社を調査した結果終戦後どの会社に於ても益金の大部分を別口勘定として法人税申告から除外し、法人税を免れてゐる事実があるので、係官山崎利夫、南波竹雄等数名が監査室に於て、前掲別口金銭出納簿(検第十三号の一)に基いて作成せられた工場別、別口売上勘定元帳(検第十九号)を発見して任意提出を求め、被告人横山清松等が右別口金銭出納簿を山崎利夫に提出したのであるが、同係官等が被告人会社係員の態度に徴し同係員等の調査の目的を妨害する虞れがないものと信頼し右帳簿を一応被告人会社に返して整理を命じたので、被告人会社係員が之に基いて検第十三号の二同第十四号及第十五号を作成して提出した事実が明かであつて昭和十五年法律第二十五号法人税法第二十九条但書所定の自首又は税務署長に申出でた場合に該当しないから弁護人の主張は理由がない」と判示してゐるのであるが此の判示の要部となつてゐる証拠事実を分析すると

大阪国税局員山崎利夫等は被告会社に法人税違反の嫌疑で調査に臨んだ。

南波竹雄が工場別売上勘定元帳(検第十九号)を発見して任意提出させた。

検第十九号が発見せられた後被告人横山清松によつて別口金銭出納帳(検第十三号の一)が提出せられた。

山崎等は被告人横山等は政府の調査を妨害することはないと認めて検第十三号の二以下の作成を命じた。

以上の四事実によつて被告会社からの発意による自白ではなく被告会社は唯収税官吏の命令に従つた迄だといふ趣旨に要約される。

(ロ)原判決の当否を検討するに国税局員山崎等は被告会社に確固たる法人税違反の嫌疑を抱くに足る証拠があつて臨検したのではなくて、唯他会社を調査した実績から被告会社にも同様な事実があるかも知れぬといふ唯漠然たる予測を以て法人税法上の調査の為に臨検したと見るべきである。

このことは資本金二千万円以上の大法人は国税局自ら法人調査をする内規であり、被告会社は大阪国税局に調査を委せてゐた、それで昭和二十三年十二月にも国税局から調査にきたのです(第十三回杉山哲夫証言)との証言がよくこの事実を証明してゐる。又脱税嫌疑のある場合は国税犯則取締法第二条の規定による裁判所の許可状を請求して取調べるが、被告会社の場合は右許可状の申請はして居りません(第七回公判吉本清証言)との証言事実からも一属よくこの間の事情を窺ふに足るのであつて、唯山崎等の担当事務及「被告会社を取調べたのは法人税法違反事件の為です」(第十三回公判南波竹雄証言)との証言のみで被告会社に脱税の嫌疑があつて大阪国税局が取調べをしたと観るのは証拠不充分である。

次に南波竹雄が工場別売上元帳(検第十九号)を発見したとの判示であるが、検第十九号を被告会社は秘匿してゐたのではない。これは監査の資料として別口金銭出納帳からA勘定のみを書抜いたものを監査室に置いてあつたので、国税局の調査を拒否する意味で秘してゐたのを南波が発見したのではない。南波竹雄は調査着手前監査書類の閲覧を求め、係員は早速之に同意し検第十九号が書棚にあつたのを南波自ら取出し之を惣川豊に渡し、惣川は更らに山崎利夫に渡した(第十三回公判南波竹雄証言)のであつて、書棚の中にある帳簿の調査を其の侭の状態に於て承認した以上、例へ係員が自ら之を手に取つて南波の前に提示しないでも提出したと同様であつて、之れを宛も秘匿してゐたものを南波により発見せられた如く観察するのは妥当でない。

更らに南波により検第十九号が発見せられた後被告人横山により別口金銭出納簿が提出せられたといふ事実の認定は著しく事実と相異してゐる。即ち「南波より渡された検第十九号工場別売上勘定元帳は山崎に持つて行きましたがこれと殆んど同時に検第十三号の一の別口金銭出納簿が発見せられた(第八回公判惣川豊証言)この惣川の証言中検第十三号の一が発見せられたといふ証言は第三回公判に於ける山崎利夫の証言と喰ひ違つてゐる(検第十三号の一は惣川証人の関知しないところであるから事実に基く証言ではない)即ち第三回公判に於ける山崎利夫に対する裁判長の間「検第十三号の一別口金銭出納帳は何所で発見せられたか」に対し「会社の経理課長と経理部長が提出しました」この山崎の証言と惣川の証言とから南波の手にあつた検第十九号証を山崎に渡した前か少なくとも同時に検第十三号の一別口金銭出納簿が経理課長、経理部長たる被告人横山清松等によつて山崎利夫に提出せられたことは明白な事実であつて、この事実を無視して原審が検第十九号が発見せられてからこの発見が端緒となつて被告人横山が止むを得ず検第十三号の一を提出したかの意味に判示してゐるのは誤審である。稍問題となるのは検第十三号の二、同第十四号、同第十五号の別口金銭出納簿の仕訳帳以下別口勘定の清算関係書類が被告会社の手によつて作られ、之を国税局に提出し之によつて国税局が更正決定をしたのは一種の修正申告と認むべきか、又は山崎等の命令によつて被告会社の係員が国税局の調査を補助したものかの認定である。此の点に関する山崎の証言「之は検第十三号の一の帳簿を提出して見たところ非常に複雑に記帳されて居たが、会社の我々に対する態度が非常に紳士的であつたので之を任意に返して整理させても我々の調査目的を阻害せないと考へられたので一応会社に返して整理させたのが此の帳簿(別口金銭出納簿仕訳帳検第十三号の二)であります。」の真意であるがこれは山崎等が別口金銭出納簿の提出によつて被告会社及被告人横山等の誠意を認めたこと、及被告会社が特別経理会社で別口勘定は一つの未清算勘定、繰延勘定である性質に鑑み、国税局としての調査を打切り被告会社の修正申告の方法によらしめたものと認定するのが妥当である。何となれば国税局査察部の調査としては帳簿及証憑書類を押収して政府自ら調査決定するのが普通であるからである。

(ハ)旧法人税法第二十九条但書の自白又は税務署長に申出たときとはどんな場合であると解されてゐたかについての学説判例は必ずしも明かでないが、行政上の取扱としては頗る広く解されてゐた。即ち収税官吏が調査に着手する前後に拘らず未だ納税者の所得が何程なるか明とならない前に納税義務者から進んで所得を偽つてゐた旨の申出でをしても収税官吏の説得によつて申出でても要は真正な帳簿又は決算書類を提出して収税官吏の調査に協力し調査の目的が達せられたときは勿論、収税官吏自らの調査によつて真実を発見した場合でも、政府の納税義務の確認は収税官吏の適正な調査によつて誤る結果とならなかつたから、詐欺其の他不正の行為は未遂となり因果関係はないとの理由で逋脱犯の成立は認められないとして告発の手続をとることはなかつた(第七回公判吉本清証言)。之れは納税義務の調査確認は政府自らなすところで納税者は唯之を受認する義務があるのみと解されてゐたからである。

従つて真正な納税義務の確認が納税者の善意と因果関係ある場合は調査着手の前後を問はず、方法の如何を問はず、自白申出の相手方の何人たるを問はず免責条件なりと極めて広く解されてゐたのである。この思想は現行法まで一貫した思想であつて申告納税制度になつても変りはない。即ち修正申告を認めたことが即ちそれである。今回の改正によつて原因の如何を問はず政府によつて更正決定ある迄は何回にても修正申告を認めることに改正せられたのは旧法人税法第二十九条但書の思想に基くものである。

本件の場合旧法人税法第二十九条但書の免責条件が極めて広義に解されてゐたこと、国税局員山崎等が被告会社を調査した動機並に経過に付公判に現れた証拠から判断して同法但書に所謂自白又は税務署長に申出たと認むべき事実充分であるのに原判決が証拠の価値判断を誤り弁護人の主張を排斥したのは妥当でない。

第八点被告人横山清松に対する刑の量定が著しく不当である。

原判決は本件が二重帳簿を作成して多額の脱税を企てた最も悪質なもので租税犯罪の特質上一罰百戒の刑事政策の見地から厳罰に値するとの検事の求刑通り被告人横山に対し懲役六月の実刑を言渡したが、同人は被告会社が製糸業界に於ける我国屈指の優良製糸会社で我国経済再建の一翼を担ひつゝある会社の経理部長として資性謹直勤勉内外の信望を一身に集め被告会社の事業遂行上一日も欠くことを得ない重要人物なる点について少しも考慮を払はれてゐない。

原判決の根基は被告人横山が別口勘定なる二重帳簿作成の動機の悪質なる点、四方敬蔵、荻野栄一をして別口勘定を除外した決算書を作成せしめ脱税の目的で之を所轄福知山税務署長に提出せしめ因つて同署長をしてこの虚偽申告によつて訴因第一については所得金額を決定せしめ、訴因第二乃至第四については虚偽不正の申告により納税し脱税の目的を達した点、別口勘定を作成した基本伝票を破棄した点、脱税額が申告所得額に比し多額なる点等が量刑の基礎となつてゐることは明かであるが、以上の諸点中脱税額の多額なる点以外については前控訟理由に於て其の理由なきこと、事実の認定を誤まり法規の適用に違法ある点を明かにし本件が逋脱犯の成立とは全く縁遠いことを詳細に述べたから再びこの点に触れないが、唯脱税金額の多額な点は会社と相対的に観察すべきもので、其の申告所得額と申告洩れ所得額とを比較し、脱税額が大きいと判断したとしたら実に皮相の審理であると謂はねばならぬ。何となれば本勘定による申告所得額は尨大な被告会社の経常費を負担した残額であるに比し、別口勘定の収入からは特別経理会社の為に本勘定にて支出を憚る重役に対する旅費、生活補給金、其の他の交際費機密費等僅かの費用を、差引いたもので所得算出の内容を異にするのである。

本来本勘定、別口勘定は別々に計算する性質のものでなく被告会社の総益金、総損金として一括計算すべきものであるから所得金額を比較して犯意を測定するなど意味のないことであつて、金額より之を量定せんとすれば其の収入金額、及収入の性質から考察すべきである。両者の金額は訴因全部の通算に於て本勘定の総収入金は二拾億四千八百四拾万四千余円なるに比し別口勘定のそれは七千六百五拾四万参千余円、総額に対する割合は別口勘定の割合僅かに三分六厘であつて、其の収入原因も簿外財産の売却代金、糸屑、副蚕糸等の副収入に属するもので本勘定を二重整理したものと著しく相違するばかりでなく、別口勘定は一定時期まで未清算のまゝ繰返され所得会計上繰延勘定に過ぎない。何れの事業年度かには損金又は益金として決算せられ徴税権の侵害は生じないものである。

被告会社位の大会社にして収入金の三%程度を繰延整理するといふことは会社経営上当然のことで唯法人税の計算は事業年度毎に計算する法規であるから繰延整理は一応否認しおき清算事業年度で増減することは止むを得ない処置として是認せられるが、逋脱犯の成立と所得の計算とは全く別個の問題であるから原判決が本勘定の所得金額と別口勘定のそれとを比較して犯情を量定したとすれば錯覚も甚しいと謂はねばならぬ。

のみならず被告人横山は国税局員の調査に当り進んで別口金銭出納帳を提出して調査に協力し些かも調査権を侵害した事実はないから仮りに千歩を譲つて別口勘定を設けて虚偽の申告をしたことが脱税の意図に基くものとしても、調査を妨害しなかつたといふ一事によつて違法性は阻却され被告会社の申告によつて国税局も全部被告人等の計算を是認し(重役賞与の経費支弁を否認したが犯意の立証なしとして原審は之を認めた)更正決定による法人税追徴税(行政罰)は直に納付し国家に損失を与へた等の事実はないこと、被告会社が我国輸出産業に貢献しつゝある功績等を綜合勘案するときは被告人横山清松が二重帳簿を作成して脱税を企てた最も惡質のものとした検事論告より一歩の斟酌もなく原判決に於て求犯通り懲役六月の実刑を言渡したのは刑の量定を誤つたことは疑ひの余地がない。

以上の所論によつて本弁護人は第一、本件は訴訟条件を欠いでゐるから公訴棄却の判決を求むるものである。第二、仮りに実体的審理に入るとしても被告会社並に被告人横山清松の行為は旧法人税法第二十九条、法人税法第四十八条の逋脱犯の罪を構成しないから両被告に対し無罪を主張するものである。

弁護人阿南主税の控訴趣意補充

第一点原判決並に検察当局が間接国税以外の税法違反の場合に於ける収税官吏の告発が訴訟条件でないといふ立論の根拠を、専ら通告処分の有無に依らしめてゐるが、この思想の根基は凡て行政犯たると自然犯たるとを問はず国家が犯人に対し実質上の刑罰を科する場合、即ち国家の刑罰請求権は検察当局の専権に属するから、行政法規例へば労働組合法第三十三条、私的独占禁止及び公正取引の確保に関する法律第九十六条の如く「請求」又は「告発」をまつて其の罪を論ずとの明文があるか、又は国税犯則取締法第十四条の如く公訴権消滅の前提となる通告処分、即ち行政庁による犯罪処分の権能が明文を以て認められてゐる場合の外は、検察当局の公訴請求権は何等の制限を受けるものでない。従つて国税犯則取締法第十二条ノ二の如く単に「告発すべし」又は「告発の手続を為すべし」との明文は、当該官吏に事件の処理方法を規定したのであつて、此の規定のみからでは検事の犯罪の搜査権乃至公訴権は制限せられないといふ観念に立脚してゐるものと思はれるが、これは国政の運用に一定の形式順序があり、各国家機関の間には法規による権限の独立があることを無視した見解であります。

法規が国家意思の決定につき一定の形式を定め、権限の分界を定めた理由については前控訴趣意書に明かにしたから重ねて論ぜないが、原判決並に検察当局が通告処分の制度を認めてない法人税法違反事件の公訴について、収税官吏の告発が訴訟条件でないといふ見解の妥当でないことは左の諸点から明かであります。

(イ)国税犯則取締法は国税全般に亘る犯則事件の調査、証拠物件の押収領置、並に告発について収税官吏のみに其の権限を認めてゐる。或場合に警察官吏が収税官吏の調査に応援をすることは認めてゐるが、其の他の者は国税犯則取締法によつて犯罪の搜査は出来ないのであります。換言すれば国税に対する犯罪は、其の租税犯たるの特質から一般犯罪の場合と区別し、各税法に定めた刑罰を科することの当否に関する判断を、第一次的形式として租税行政庁の専権に委ねてゐるから、租税に対する犯罪は等しく刑罰を科する犯罪であつても収税官吏による告発のない間は刑事訴訟法の適用はない。

即ち刑事訴訟法第一八九条以下の搜査と国税犯則取締法第一条の搜査とは同時に活動することは許されないのであります。

収税官吏は司法警察官及司法警察官ノ職務ヲ行フベキ者ノ指定ニ関スル法律の適用を受くる検事の補助機関ではないのであります。若し原判決又は検察庁の見解の如く刑罰を科することは検事の専権に属するから、明文を以て規定せられた場合の外は公訴の請求に収税官吏の告発を要せないと解すれば、法律が国税犯則取締法を制定して租税犯の調査、証拠物の押収領置、並に告発等犯罪検挙に関する専権を収税官吏のみに附与した立法理由、及右法律中に収税官吏を加へなかつた趣旨を理解することが出来ないと共に、検察当局と租税行政庁との間に意見を異にした場合、即ち本件に於けるが如く国税局は慎重審議の結果逋脱犯として刑罰を科する程度の違反ではないとして告発を要しないものと決定し、納税者は更正決定による税額を完納して納税義務の消滅した事案に対し、検察当局は更らに逋脱犯として刑罰を科し、法人税法第四十八条第三項による行政処分を為さしむるといふ場合を生じ国権の作用の統一を害する結果を生ずるに至るのであります。

(ロ)刑罰請求権が検察当局に専属するから、国税に対する違反事件に於ても特に明文がある場合の外は収税官吏の告発は訴訟条件でないと解することが正当だとすれば、通告処分制度の有無を以て収税官吏の告発が訴訟条件だとの根基となすことは全く無意味であります。何となれば通告処分は間接国税の犯則事件に対する行政処分であつて、租税行政庁に犯罪の処分権を一定の条件のもとに許容した迄のことである。唯犯則者に於て其の行政処分に服従して通告の旨を履行したときに、其の法律上の効果として検事の公訴請求権が消滅することを国税犯則取締法第十七条に規定しただけのことである。其れ以上の意味は通告処分の制度を認めたことからは生じてこない。故に犯則者に於て通告の旨を履行しないときは公訴権は消滅しないから、この場合の告発だけを特に訴訟条件だとの見解は成立するが、間接国税一般の場合について収税官吏の告発が訴訟条件だといふことは全く理由がないと謂はねばならない。

原審判決が等しく間接国税であつて通告処分をしないで直に告発をすべき規定の場合でも、通告処分の制度が認められてゐるから告発が訴訟条件であるが、通告処分の制度のない国税犯則取締法第十二条ノ二の場合の如きは単に直税国税に対する犯則事件の処理方法として収税官吏に告発手続を為すことを命じた訓示的規定に過ぎないと判示したとすれば全く見当違ひであります。

収税官吏は間接国税違反について調査の結果、犯則の心証を得たとき通告処分をするか、通告処分をしないで告発するかは法律に定められた条件を裁量するだけであつて、通告処分の法的条件が具備してゐる場合は必らず通告せねばならないし、然らざる場合は通告処分をしないで直に告発をしなければならない。例へば通告の旨を履行する資力のないと認めたとき、又は犯情から懲役刑を科する場合に該当してゐると認めたときは通告処分をする自由は許されないのであるから、国税犯則取締法第十三条但書各号に該当する場合及同法第十四条第二項に該当する場合の収税官吏の告発も、同法第十二条ノ二の場合と同様原審判決に所謂収税官吏に犯則事件の処理方法を定めた訓示的規定であつて、収税官吏の告発は訴訟条件でないと謂はねばならないことになるのであります。

然るに間接国税に於いて通告処分を為さないで告発する前記の場合でも収税官吏の告発が訴訟条件であることは学説判例の一致するところである。(明治三七、八、二三大審院判決)から、旧間接国税犯則者処分法のもとに於て、収税官吏の告発が訴訟条件であるとの学説判例の根拠は、原審判決の如く通告処分の制度の有無に根基があるのではなくて、間接国税についてのみ収税官吏に第一次的に犯罪の処分権を認めた理由によるものと謂はざるを得ない。従つて国税犯則取締法が国税一般の犯則事件について旧間接国税犯則者処分法の制度に改正せられた上は、同様の理論から法人税違反事件についても同法第十二条ノ二の場合の告発は訴訟条件であることは全く疑ひの余地がないのであります。

(ハ)間接国税に於ても国税犯則取締法第十三条但書各号に該当する場合、及同法第二十四条第二項に該当する場合並に同法第十七条の通告の旨を履行しない場合の告発も、同法第十二条ノ二の規定の場合と同様に犯罪あることの心証を得たとき、行政処分として終止符を附し其の事件を公訴請求権ある検事に事件を移管する国家意思の決定だから、何れの場合も処理方法を規定したものであることは前述の通りであります。

原審判決の如く処理方法を規定したものだから告発は訴訟条件でないとすれば、裁判所は収税官吏の告発の当否につき判断をせねばならない。否寧ろ告発は裁判所を拘束しないと謂はねばならない。然るに大審院の判例は収税官吏の告発につき其当否を判断するを要せない、又収税官吏の告発は裁判所を拘束する旨を判示してゐる。即ち明治三十七年八月二十三日大審院判例(刑録一〇輯一六三三頁)で「間接国税犯則者処分法第十三条但書の規定は必要の場合に於て収税官吏に直接に告発を為すの権を与へ以て臨機の処分を為さしむるの目的に出ずるものなれば其該条但書に規定する特別の事由存するや否やの点は固より当該収税官吏の認定権に一任するを以て収税官吏が該条但書の事由ありとして告発を為し而して其告発は右但書の規定に依りたるものなることを見るに足るべき場合には其告発は有効にして必ずしも収税官吏が一々其認定したる事由を告発書に明示するを要するものにあらず云々。」同じく明治三十六年一月二十三日大審院判例(刑録九輯七五頁)に「間接国税犯則者処分法第十四条に規定したる場合の一に該当するや否やを識別して同法第十一条の通告を為さず直ちに犯則事件を告発すると否とを定むるは間税官吏の職権に属するを以て同官吏が右通告を為さず直ちに之を告発したる以上は同法第十四条に規定したる場合の一に該当するものと認めたることは自ら明にして之を告発書に明示するの要なく又裁判所に於ても同官吏の告発ある以上は其告発に基き之を処断するは固より当然のことにして前記場合の一に該当するや否やを判定するの要なきものとす」この判決の主旨は法規による国家意思の決定が他の国家機関を拘束する当然の理論を明にしたのであつて、原審判示の如く処理方法を規定した訓示的規定だから収税官吏の告発が訴訟条件でないといふ見解の誤つてゐることはこの判例の趣旨に照しても明白であります。

(ニ)原審判決は法文上訴訟条件であることを明示してある場合、又は関係法条と関連して其の趣旨の明かな場合の外は収税官吏の告発は訴訟条件でないと判示してゐるが、この関係法条と関連して其の趣旨の明かな場合といふ位主観的にして理論的根拠に乏しい表現はない。何となれば原審判決がこの場合に該当するものとして、議院に於ける宣誓及証言に関する法律を引用してあるが、西尾事件に付下級審では法文の文言又は関係法条と関連して訴訟条件でないと認めた判決が、最高裁判所に於ては訴訟条件だとの判決となり同一条文が全く反対の趣旨であることを明にせられたこと、及本件の如き法人税違反事件についても、東京地方裁判所に於ては国税犯則取締法第十二条ノ二の規定を原審判決と同一の趣旨として判決したのを、東京高等裁判所では其の訴訟条件であることは言を俟たないと判決せられた事実に徴しても、原審判決の如く法文上又は関係法条と関連して其の趣旨の明かでないことを立証して余りあるのであります。

以上により本弁護人は国税犯則取締法第十二条ノ二の規定による収税官吏の告発が訴訟条件であることを信じて疑はぬのであります。

第三点(イ)原判決が被告人横山清松につきて、法人税を免れんとする犯意を認定した事実については前控訴趣意書第三点(ロ)に述べた。即ち被告会社の各事業年度の法人税申告書を福知山税務署長に提出するに当つて、別口計算の利益が除外されてゐた事実を認識してゐたのは、横山一人であつて、小森は監査部長であつて職務外であつたこと、西野は経理課長に就任後日が浅く且つ営業畑で経理事務に不馴れであつたこと、寺垣は単なる金銭出納事務の担当者に過ぎないで決算及申告については門外漢であつたことは同人等の証言(第三回公判調書検証第三号乃至第九号)から明かである。結局横山は四方敬蔵、荻野精一によつて作成された決算書に、別口計算に於ける利益が除外されてゐることを知りながら之を秘して荻野をして福知山税務署へ申告をなさしめたことが被告人横山に法人税を逋脱せんとの目的があつた。徴税権を侵害する犯意があつたと認定した唯一の根拠であるが、この点の証拠については原審判決は証拠を列挙してあるだけでどの証拠によつて横山の犯意を認定したかは明かでない。

被告人横山の検察庁に於ける供述調書(検証第二十二号乃至第二十七号)は、任意の供述に基かないものとして証拠として採用しなかつたから之を立証すべき証拠は、横山の第一回及第九回の公判調書以外にはない。今公判調書中から関係個所を摘録すれば

被告人横山清松は、会社が過去に於て法人税申告をした場合に全資産中所得額の若干が洩れて居た事はあるが之は私としては別に税金を脱れる目的でした事はありません。その数字はやがて正確に計算の上正式の帳簿に繰入れて申告する心算でありました。尚起訴状記載の数字に付ては一部会社がその申告時期に申告した数字はその通り間違つてありませんがその他の数字に付ては判り兼ねる点があるので明かにして貰ひたいと思ふと述べた。(以上第一回公判調書)問、あなたは法人税申告の際別口勘定の利益金が算入されていないことを知つていたか。答、知つていました。問、第一回公判の際あなたは別口勘定の分は正規の帳簿に繰入れて処理する考えであつたと述べたか何う処理する考えであつたのか。答、出納さえ明らかにして置けば何時でも収支計算が出来るから適当な時期に別収入を計算して本帳に益金として計上する心算でありました。問、別途の収支計算をして残りが少なくなれば本勘定に繰入る益金がなくなるではないか。答、現金以外に資産として残るものはそのまゝ本勘定に引継ぐ心算でありました。問、現金以外に資産として残つて居るものは幾何か。答、立替金短期債権、出資金、貸付金、預け金、社宅、機械でありまして只今数字は判り兼ねます。問、左様のものは使えはなくなるではないか。答、左様ではありません。問、別口勘定を税法の決算期にその都度本勘定に繰入れたなれば繰入れなかつたのと税額に差異があるか。答、税法の決算期にその都度別口を加算した方が多くなります。問、別口勘定を設けて決算期に本勘定に繰入れず納税申告をすると云う様な事は正当な方法であると思つていたか。答、特別経理会社であるからかような事は許されると思つていました。問、左様な事について税務当局に相談したことがあるか。答、相談したことはありません。問、弁護士や計理士や専門家の意見を聞いたか。答、聞いていません然し会社は福知山税務署の管下でありましたから福知山税務署の人だと思ひますが特別経理会社であるから余り厳密に検査しないと聞いていました。問、特別経理会社でも法人税については定款に定めた事業年度毎に決算して納税申告せねばならない事は知つていたか。答、知つていました。問、特別経理会社は長くとも一ケ年少なくとも六ケ月で終ると思ふていたのか。答、左様です。会社経理特別措置法は昭和二十二年三月迄の特定会社の整理を目当に特定せられたと思ふていましたが更に半年延び又一年も延びると聞いていたのであります。問、税法に定める事業年度に都度別口を加算すれば税額は違ふと述べられたが所得金額はどうか。答、所得金額は差異は起らないと思います。問、各別口した場合と纒めてした場合と税額に差異が生じるか。答、税額は変るかも判りません。裁判官は被告人に対し、問、税額が同じなれば別口を拵へる必要はないではないか。答、後で申告する心算でありました。(以上第九回公判調書)

以上の供述からは被告人横山が別口計算を除外した申告書を所轄福知山税務署長に提出することの事実を知つてゐたことのみは明かであるが、法人税を免れようとの犯意から提出せしめたのか、或は特別経理会社である為新旧勘定を併合する整備計画の認可があつて本格的な決算を行ふまで別口勘定の利益を繰り延べておく意思であり、其の時清算して申告しても法人税を免れることにはならないとの考へであつたかは容易に認定することは出来ない。寧ろ特経会社の期間は最初短かいと思つたが意外に延び延びになるので寺垣に命じて別口計算の精算を命じたこと。特別経理会社の経理上の不便から別口計算を始めたこと。特別経理会社は別口計算の利益を繰延べてゐても許されると思つてゐたこと。山崎等国税局員の調査に当つて検証第十三号ノ一の別口金銭出納帳を紳士的に提出したこと等の証言から判断すれば、被告人横山に法人税逋脱の犯意は無かつたと観察することが推理上吾人の経験方則に照し首肯し得る妥当な判断であると謂はねばならない。然るに原審判決が此等の証言による事実を無視して法人税を免るゝ目的を以つてと判示したのは、証拠に基かないで横山の犯意を推定した違法があることは明白であります。

(ロ)原審判決は殊更ら横山の証言から「法人税を免れる目的を以つて別口勘定を設け法人税申告をするについて別口勘定を計算に入れなかつたのではない」といふ供述を証拠から除外してゐるが、これを除外すべき理由を明かにしてゐないのは判決に理由を附さないと全く同様であつて不当である。

凡そ同一人が同一事件につき同時に供述する場合、其の一部を認めて一部を否認するといふことは其の否認した部分につき不実の供述を為したと認むる理由に依るものであるから、この点については更らに他の証拠から之を補充するか、供述全部の証拠能力を否定せなければならない。

何となれば人格の否認は自由心証の問題ではなくて証拠能力の問題だと謂はねばならないからであり、被告人が虚偽の供述をしたと認むるにつき之を立証すべき他の証拠がなくて被告人の供述を不実として否認して罪を科することは証拠がなくて罪を論ずる場合に等しいからである。

この点からも原審判決は被告人横山の犯意の認定につき証拠に基かないで、全く予断を以つて判決をしたものと謂はざるを得ない。

原審判決が予断を以て判示した事実については、裁判官忌避に対する即時抗告第二(一)乃至(五)に列挙した事実から明にし得るのであるが、更らに被告人横山に対する第九回公判に於いての左の問答からも充分明にし得られる。即ち

問、税法に定める事業年度に其の都度別口を加算すれば税額は違ふと述べられたが所得金額はどうか、答、所得金額は差異は起らないと思ひます、問、各別口した場合と纒めてした場合と税額に差異が生ずるか、答、税額は変るかも知れません。右の如き弁護人の補充尋問の後直ちに裁判官は、問、税額が同じであれば別口を拵へる必要はないではないか、答、後で申告する心算でありました(同上)

以上の事実から原審判決は横山の供述の内予断に都合の悪い部分を除外し、他の部分からは特に横山の犯意を認定する証拠がないのに、法人税を免れる目的を以つてと判示したのは全く主観的な独断であつて証拠によらないで罪を科した違法のあることは明瞭であります。

第四点本弁護人は前控訴理由第四点に於て、法第四十八条の逋脱犯の構成要件の一たる詐欺不正の行為に因り法人税を免れた場合とは、収税官吏の課税標準金額の調査に当つて納税義務者又は其の使用人が詐欺不正の行為によつて調査官吏を欺罔し因つて以つて課税標準金額の決定を誤まらしめて、国家の徴税権を侵害した事実であると主張したのであるが、これは現在までの判例では認められていない。

又此点についての文献もないから本弁護人の一家言に過ぎないかも知れぬが、原判決が逋脱犯の構成要件について虚偽の申告をして納税したとき、税を免れた場合に該当するとの見解を採り、被告人横山清松が別口計算を除外した申告書を福知山税務署長に提出せしめた事実のみを捉へ逋脱犯の既遂だと判断したのは租税の本質を究めず、申告納税制度を曲解して法令の適用を誤まつたものと信ずるのであるが、果して申告納税制度のもとに於ては原判決の如く別口計算による収入を除外して申告した事実があれば逋脱犯が成立するか否かといふことは判決に影響を及ぼすべき重大な論点であるから、以下租税の本質上、刑事政策上、現行法の解釈上の三点から更らに論証して補充したいと思ひます。

(イ)租税の本質上

租税は国家並に公共団体が権力に基いて国民に対し法律によつて定められた一定の給付を一方的に命じ、何等の反対給付を与へず全く無償で国民から徴収する金銭又は金銭的給付であるといふことは、租税始まつて以来から一貫した観念であつて、国家と国民との間の契約によつて徴収するものでもなければ、納税者から進んで一方的に提供する寄附金でもないことは租税史並に財政学が明確に教へてゐるところであります。

此の租税本質からの当然の結果として、納税義務の範囲を確定させるには、納税者の意思とは関係なく政府の調査といふ確認行為が必然的に必要になつてくるのは蓋し当然であります。

収税官吏は過去の事実乃至関係を証明する証憑又は記録に基いて調査をして真実を発見し、納税者の申告の是非を判断してみなければ納税義務が最後的に確定といふことは考へられない。

納税義務の確定と収税官吏の調査とは一体不離の関係にあるのであります。

此の収税官吏の調査は、賦課々税制度であつた旧法人税法のときでも、申告納税制度を採用した現行法のもとに於ても何等の変りはない。賦課々税制度のときは収税官吏の調査によつて政府が課税標準金額を決定して確定をさせたのだが、申告納税制度の現在では納税者の自主的申告によつて納税義務が具体的に確定するから虚偽の申告書を提出しこれによつて納税すれば最早逋脱犯が成立するのだといふ理論は、租税の本質とは関係なく又法第四十八条の「法人税を免れた」といふ字句の本当の意味を考へないで常識的に結論するに過ぎない。だから本件につき別所検事の論告のように不正な申告によつて納税したものは国家に手数を煩し損害を与へるから国家の徴税権を侵害し逋脱犯が成立するといふ如き見解が生れてくるのであります。

凡そ逋脱犯を他の租税犯と区別して特に重く処罰する所以は、詐欺不正の行為によつて収税官吏の実地調査に抵抗し、飽くまで其の非道を改めないで遂に収税官吏に誤つた査定を行はしめたといふ行為の犯罪性を重く評価したのである。故に申告納税制度を採用して、納税者自ら納税する義務を認めたとしても逋脱犯の犯罪性に対する国民感情が急激に変るものでないからかように広く解して罰したとしても其の目的を達するものではない。

虚偽の申告によつて逋脱犯が成立するといふ立場を採る論者は、虚偽の申告をしたものを逋脱犯として重く罰しないといつまで経つても国民の納税思想は改善せられないといふ官僚独善主義者が、租税の本質が国民に犠性を強制するものだとの本質を忘れて唯威喝さへすれば納税者は遵法するものだとの法律万能主義者か、租税は国民の一方的意思に任せて居ても負担の公平が期せられ、収税官吏は預金を受け入れる銀行の窓口のように唯事務的処理のみで、満足な財政目的を達することが出来ると考へる安易な理想主義者の何れかであるが、今日の租税は左様にやさしいものでもなければ現在の納税思想も斯様な段階に達してもいない。租税制度の改正も租税法規の改正も現実を直視して為さなければ全くナンセンスであるから、法人税法第四十八条の立法趣旨が単なる申告によつて逋脱犯が成立するとして規定したものでないことは明かである。若し虚偽不正の申告によつて納税すれば法第四十八条の逋脱犯が成立するとすれば、収税官吏の課税標準金額確認の為の法人税法上の逋査も、国税犯則取締法による査察官吏の調査も凡て犯則捜査の為の調査だといふ不当な結果となるのであります。

以上の理由から本弁護人は申告納税制度のもとに於ても政府の調査確認がなければ納税義務の範囲は確定しない。納税義務が確定しなければ租税を免れた結果は生じない。故に逋脱犯は成立しない。唯不正申告罪が別個に成立するか否かの問題があるのみだと信じて疑はないのであります。

(ロ)刑事政策上

原判決の如く総収入金額の僅か三分六厘程度の雑収入を、特別経理会社なるが故に経理上の都合から別途計算してゐたものを二重帳簿だ、之を繰り延べて申告したのを不正申告によつて法人税を免れたのだとして逋脱犯の成立を認め、而も本件の如く収税官吏の調査に協力して一切を申告し政府はこれによつて更正決定をして完全に徴税の目的を達した場合でも、一度申告によつて納税したことで逋脱犯が既遂となつて、其の後の事実は犯罪の成立には影響がない。単に情状の問題を提供するのみだとして、懲役刑を科したり、追徴税額の二十五パーセントの追徴税なる行政罰を科した上に多額の罰金刑を科した場合に、果して一罰百戒の刑事政策目的を達するだらうか。処罰は行政罰にせよ刑罰にせよ処罰の対象となる行為の道義的価値判断の基盤が国民感情に一致しない上刑事政策的目的は達せられるものでない。

本件犯罪事実のように利益の一部を次期以降に繰り延べる程度のものは現在に於ては納税者の大部分を占めるであらうし、次期以降の申告によつて容易に納税が可能であり前後を通じては法人税を免れた結果を生じない場合でも申告事業年度毎に逋脱犯が成立するといふ見解は課税標準の理論と犯罪の成立とを混淆したものであつて不当であることは多言を要しないのであります。右の如き場合を恐らく国税庁、国税局に於ては悉くこれを逋脱犯として告発の手続をとつてはゐないと信ずるか、此等行政庁の処分が誤りだとして検察庁に於て一々起訴したとしたらどんな結果になるであらうか、本弁護人は本件類似の事案を行政処分のみで終結してゐる正確な数字を明にし得ないが、原判決のように逋脱犯を理解して処罰することは実行不可能であることだけは断言し得るのであります。

恐らく一罰百戒の刑事目的とは反対に大部分の納税者は申告をしないか、或は収税官吏の調査を晦瞑ならしむる悪質な手段に追ひ込み逆効果を生ずることは疑ひないと断言し得るのであります。賦課々税制度の旧法当時に於ても逋脱犯は現行法と同様規定せられてゐたが、唯政府の決定前に自首又は税務署長に申出でたときは其の罪を問はないといふ免責規定があつた為に、納税者の犯意手段の如何にかゝわらず収税官吏の調査によつて徴税権が満足な結果を得たときは、免責規定を適用して行政処分だけですませてゐた。これは間接税とは違ひ犠性たる租税の負担が直接納税者自身に帰属する特質から、斟酌といふ同情心に基いたものと思はれるが、当時にあつても余程悪質なものがあつて収税官吏の調査に飽くまで抵抗して巧妙な詐術を用ひて真実を隠蔽して政府の決定を誤らしめ後日其事実の発見せられた事例も相当あつたが、間接国税以外のものは旧間接国税犯則者処分法の適用がなく告発を要するのであるが告発した事例のなかつたことは吉本証言の通りである。

これは逋脱犯の規定を死文化するもので明かに行き過ぎであつた批難はあるが、申告納税制度になつたのを一転機として虚偽不正の申告のものまでも逋脱犯として刑罰を科せんとする態度は租税の本質、租税行政の沿革を無視した行き過ぎであると謂はねばならないのであります。

本弁護人は刑事政策的立場からも詐欺不正の行為に因つて収税官吏の調査権を侵害し国家の徴税権を侵害した場合之を逋脱犯として厳重に処罰することで必要且つ充分だと信じて疑はぬものであります。

(ハ)現行法人税の解釈上

現行法人税法は今回の改正によつて以上の点を一層明確に規定したのである。即ち

A法第二十四条第一項に於て「第十八条乃至前条の規定による申告書を提出した法人は当該申告書に記載した所得金額若しくは積立金額又は法人税額について不足がある場合(……)に於ては第三十二条の規定による更正又は決定の通知があるまでは先に提出した申告書に記較した事項のうち修正すべき事項その他命令で定める事項を記載した申告書を政府に提出することが出来る」と規定した此立法の趣旨は確定申告に於て誤つて、又は故意に不正な申告をしても政府の調査によつて更正決定がある迄は何回でも修正申告によつて之を是正することが出来る旨を明にしたものであつて、不正申告によつて直ちに逋脱犯が既遂になるといふ原判決の判示と相容れない観念に基くものであります。即ち申告だけでは政府の徴税権の侵害は未遂であり、逋脱の結果は起らない旨を明にしたもので、旧法人税法第二十九条但書の自首又は税務署長に申出でた場合の免責条件の精神を取り入れたものであります。

これは租税の本質に基く当然の規定であるから旧法と現行法とで違つた解釈は許されないのであります。

B次は法第四十三条ノ二の規定に於て課税標準又は欠損金額の計算の基礎となるべき事実を隠蔽し又は仮装した不正の申告を為した者に対し重加算税たる行政罰を科することを規定したことである。この規定によつて本件の場合の如きは明かに本条によつて重加算税を課する場合に該当し(旧法のもとに於ては法第四十三条によつて追徴税)別に法第四十八条の逋脱犯は成立しないと見るべきであります。

この現行法の解釈に於て法第四十九条第一号によつて看做す事業年度の中間申告だけに対し虚偽申告罪を規定したから確定申告に虚偽の記載をして申告し納税したときは逋脱犯の成立を妨げるものでないと反対解釈を為すものがあるが、この解釈は法律が租税の本質に鑑み虚偽不正の申告による徴税権の侵害程度即ち未遂の場合と収税官吏の調査に当り詐欺不正の行為により調査官吏を欺罔し因つて脱税の目的を達した既遂の場合との犯情を区別して別個の法条で規定したこと、及事実を隠蔽し又は仮装して不正の確定申告を為した者に対し法第四十三条ノ二の規定で重加算税たる行政罰を科し更らに法第四十八条の逋脱犯たる刑罰を併科すると所謂一事不再理の原則に反する(昭和二十四年三月二十四日の東京地方裁判所の判決も同趣旨)といふことを無視した不当の解釈であります。現行法に於て右の如く更正決定があるまで何回でも修正申告が出来ること及課税標準又は欠損金額の計算の基礎となるべき事実を隠蔽し又は仮装した虚偽の申告を為した場合に重加算税たる行政罰を科することを明にしたのは、租税犯について突然新たな犯罪類型を設けたものではなく、旧法時代の不明確な点を明にしたものであつて法第四十八条の逋脱犯が「第十八条第一項第二十一条第一項、若しくは第二十一条第一項の規定により法人税を免れ云々」と規定し虚偽又は不正の申告によつて法人税を免れんとした場合とを明確に区別した立法趣旨からも理解されるのであります。本弁護人の解釈を裏書する資料としては昭和二十五年九月二十五日国税庁長官の法人税取扱通達三、「法人が解散した場合に於て申告納税をなしたことにより納税義務を履行したものとして清算結了の登記をしても法人の申告した課税標準又は法人税額を税務署長の調査した課税標準又は法人税額とが異つているときはその増差額についてはなほ納税義務を有するものとする」との見解も納税義務は申告だけでは確定するものでなく収税官吏の調査によつて納税義務が最終的に確定するといふ理論を前提とした取扱であります。

右の理由によつて原判決が「法人税を免かれる目的を以て其の情を知らない同経理課員四方敬蔵、荻野栄一等に右別口勘定を除外した財産目録、貸借対照表及損益計算書等を添付した法人税申告書を作成せしめ之を福知山市内の所轄福知山税務署長に提出させて法人税を免れたのである」との事実を認定し逋脱犯の既遂として処断したのは明かに擬律錯誤の違法があると謂はねばならないのであります。

弁護人溝淵春次の控訴趣意

第一点原判決は法人税法第四十八条第一項旧法人税法第二十九条の解釈を誤り同条所定の構成要件たる事実を著るしく誤認し罪とならない行為に対し有罪の認定した違法がある。

一、原判決は「被告人横山清松は被告人会社本店に於いて昭和二十年十二月から経理課長として、昭和二十一年十二月から経理部長として引続き会計、経理、納税等に関する事務を統括していたのであるが(中略)本店等の機密的な費用の財源に充てる為各工場等の会計係に命じ新勘定に属する資材、用度品、其の他繭屑、標準歩止りを超えた副蚕糸、糸屑等を処分した代金を遠近に拘はらず直接本店経理課に持参させ秘かに同経理課員、寺垣精一に別口勘定として之に関する記帳、出納及び保管の事務を担当させ、且つ法人税を免れる目的を以つて其の情を知らない同経理課員、四方敬蔵、荻野栄一等に右別口勘定を除外した財産目録貸借対照表及び損益計算書等を添付した法人税申告書を作成し之を福知山市内の所轄福知山税務署に提出させ以下原判決認定の如く法人税を免れた」との事実を認定し第一の事実については旧法人税法第二十九条第二の各事実については法人税法第四十八条を適用して処断してゐる。即ち原判決は別口勘定を作つて所得を隠匿し此の別口勘定を除外した財産目録、貸借対照表、損益計算書を添付した法人税逋脱の手段と認め之を以て税法第四十八条(旧法人税法第二十九条も同旨)に所謂不正手段であると解しそれ故に「法人税を免かれる目的があつた」としてゐるのであるが、斯る原判決の認定には重大なる誤りがあると思ふ。成程被告人横山が別口勘定を設け別口勘定帳を作成した事実はある。然し別に勘定を設けたといふ事実、並に別口勘定分を除外して法人税の申告をしたといふ事実あることのみを以て法人税逋脱の目的ありとするは論理の飛躍であつて正しい見方であると考へる事は出来ない。

二、そもそも法人税法第四十八条の構成要件は(イ)法人税を免れんとする目的(犯意)の存在(ロ)詐偽その他の不正行為の存在(ハ)法人税を免れたと云ふ事実であつて其の何れを欠くも逋脱犯は成立しないのであるが被告人等に於ては法人税を免れんとする犯意もなければ何等不正の行為もしておらず、又法人税は完全に納付しているのであるから法人税の逋脱と云ふ問題の生ずる余地はない。

(一)まず別口勘定を設けてその別口勘定の利益を申告しなかつたことが所得の隠匿であり、法人税法第四十八条に云ふ不正行為と見る事が出来るかどうかといふ点である。単に別口勘定を設ける事自体は何等犯罪を構成するものではなく、又現に多数の大会社が別口勘定を設けていることは顕著な事実であるが、之のみでは隠匿とはいへない、又本件では別口の利益につき申告がなされてゐない事も原審認定の如くであるが之をもつて所得を隠匿し虚偽の申告をした。即ち被告人に脱税の犯意ありと認定するは甚しき独断的である。

(イ)成程別口勘定は未決算であつた為に此の分についての申告は為されていないのであるが、遠からず清算して利益あらば之についての申告をしようと横山、小森が考へてゐた事は被告人横山の供述、小森謙治の証言により明白である(第三回公判調書)西野康雄証人の証言によると昭和二十四年三月には本勘定に移す相談があつて事実も認められるのである。(第三回公判調書)

(ロ)又別口勘定を設けた目的も極めて明白である。即ち被告人会社は制限会社であり、又特別経理会社であつて種々経理上の制限を加えられ之れを克服する為に別口勘定を設けたのであるが別口として経理しても単に便宜上のものであつてそれは会社当然の支出であつて何等やましいものではなく、且つ一時の急を救ふものであつたに過ぎないのである。大阪財務局調査の際に於いても別に会計より支出したものが極めて良心的に有意義に用ひられてゐる事を認めてゐるのである。

(ハ)前述の目的でなされた以上脱税の意思がなかつた事は明白である。従来別口帳簿を作つている事それ自体が不正の行為の様に考へられているのは非常な誤りであつて、被告人横山が利益を隠匿したと云ふ事は全然ないのである。別口の帳簿を税務署に見せなかつたと云ふのでもなければ不正な記載をさせたといふのでもない、法定事業年度は未だ来ず確定申告の必要なく申告の本質は概算申告であつて、被告人横山は終局的決算の時申告すれば良いと考へて居り又別口会計固有の経理は未清算であつて未だ一度も其の清算をしていなかつた為に単に申告を怠つたのみであつて虚偽の申告と云ふ事も有り得ないのである。単に申告をしなかつたといふ事実をもつては不正行為と認めることは出来ないのである。

(ニ)原判決は秘かに別口勘定を設け法人税を免れる目的で之を隠匿し更に之を除外したる書類を税務署長に提出して虚偽の申告を為し以て不正行為により云々」なる認定をしている。成程別口勘定を設けたことを知つている者は被告人横山、小森、寺垣等若干の者に過ぎないが、之は其の使用の目的よりして他の者に知らせなかつただけで特に之を秘密にしていたのでもなければ書類を隠していたのでもない、別口勘定を作ることは何処の会社でも行つてゐる事である。少くとも法人税法第四十八条に謂う不正手段でありとするには詐偽若しくは之に比敵する程度に複雑且発見し難い方法で行つたのでなければ秘かに隠匿し不正の手段を用いたと云ふことは出来ないと考へられる。この点に関する原判決の認定は正確を欠いていると考へられるのである。

(ホ)更に被告会社は別口勘定の分について申告しなかつた為に法人税法第四十三条によつて免れた税金の追徴権は豪も害せられてない、起訴の当時には税金は完納されているから脱税したと云ふ事実はない、被告人会社は税務署の決定にともない完全に納税義務を尽してゐると謂ふべきである。仮に被告人会社に逋脱しようと云ふ意志があつたとしても税金を完納した以上之を処罪することは出来ないのである。

三、以上の如く原判決は法人税法第四十八条の構成要件たる事実を著しく誤認し何等犯罪を構成しない被告人の行為を不正の行為であると断定して法人税の脱税ありとしているのであつて、右は全く法第四十八条を曲解したものと考へられるのである。

第二点原判決は中間申告の本質を誤解し法令の適用を誤り罪とならぬ事実につき有罪を言渡した事実がある。

原判決第二の(一)(三)に判示された事実は中間申告に係はるものである。法人税法第二十一条の中間申告は概算申告の性質を有するものであつて確定申告の如く独立の性質をもつたものではない。

中間申告に基く納税額は法定事業年度の確定申告に基く終局的税額より差引かれる暫定的性質を持つものであつて確定的独立的のものではないのである。

凡そ個人に帰属すべき綜合所得を課税標準とする所得税法、法人税法は一箇年を期間として所得の総額を以て担税力を測定するのを原則とし、法人税法第二十一条に「法令又は定款に定められた事業年度が六箇月を超える場合に於ては此の法律の適用については法定事業年度開始の日から六箇月とみなす」との規定は国家財政上税金の早期確保と納税者の負担の軽減を目的とするものであつて法第二十条第二十二条の確定申告と同一の取扱をしようとする趣旨ではない。此のことは法人税法が中間申告と確定申告を明確に区別し、法第七条に「此の法律に於て事業年度とは法令又は定款に定められた事業年度をいう」を規定したこと、法第二十九条の規定による政府の更正決定に第一項による法規裁量によるものと、第二項による自由裁量によるものとの区別を設けたこと、更に法第三十三条に於て確定申告の更正に対してのみ追徴税額の徴収をなし得ると定めていること等によつて其の趣旨を認めることが出来るのである(所得税法六十九条参照)。

法第十九条によつて概算の中間申告をした法人が法第二十条により当該事業年度の決算が確定した時に確定申告を為し、中間申告による納税分を差引いて確定的に当該事業年度の納税義務の範囲を確定するのであつて、一年間を通じての担税力が確定した場合に始めて脱税という問題が生ずる。

小久保産業株式会社に対する法人税法並に所得税法違反に対し、東京高等裁判所が昭和二十四年九月十日に言渡した判決は明瞭に此の点を指摘してゐる。右判決によると「法人税法第二十一条第二項は同法第十九条第二項を準用し中間申告に際しては概算による計算書の提出を求めているばかりでなく同法第二十二条第一項の確定申告をなす場合には法定事業年度全体についての決算に基いて所得申告をなすべき旨規定してゐる。即ち中間申告した分についても確定申告をなすべき旨を規定しているのである。もし中間申告が確定申告ならばいはゆる看做事業年度の所得については確定申告を二重にする事になるのである。中間申告が概算申告であるから同法第二十二条がこの中間申告の分についても確定申告をなすべきことを命じているのである。

中間申告は過去の所得に関するものでその申告当時に於て計上し得るものは凡そ計上して課税標準を算出して所定の税額を納付すべきことは勿論であるが、これが為中間申告は確定申告と解するのは不当である。過去の所得でも事業年度の決算が確定していない場合には概算申告をするより他に方法はないので現に法律もこれを認めているのである。(同法第二十二条第三項参照)

又同法第二十九条が一定の場合に確定申告については課税標準の更正を必要的としているが中間申告についてはこれを任意的としてゐる点から考えても中間申告の独立性を否定したものと解するのが相当である」とし中間申告並びに之に基く納税が国家財政上の見地よりして成るべく速かに法人税を納付せしめる必要によつて生じたものであるが斯る理由のみでは確定申告と同一の性質をもつものでないことを指摘し中間申告を為すに当り脱税の目的で不正行為をしても脱税の未遂で租税を逋脱したものと云う事は出来ないから無罪であるとしている。本弁護人は右判決の趣旨を其の侭採用して本件に於いても同様の判決がなされん事を願うのである。

尚以上の如く考察すると判示第二の(ニ)の脱税額に影響を及ぼすから(脱税額が増加することになる)此の部分に対する原判決は破毀されねばならない。其の他犯罪の回数の減少によつて被告会社に対する量刑、被告人横山に対する量刑も当然影響を及ぼすのであるから此の点に関する原判決はすべて破毀されねばならないことになるのである。

第三点原判決は判事第一の事実(昭和二十一年八月十一日より二十二年三月三十一日迄の事業年度の法人税)に対し旧法人税法第二十九条但書を適用せずして起訴したのは違法である。

一、旧法人税法第二十九条は詐欺又は不正の行為により法人税を免れたものは逋脱犯として罰するが税務署長に自首したときは其の罪を問はない旨規定している。被告会社は昭和二十一年八月十一日より翌二十三年三月三十一日迄の事業年度に対する所得申告書には一応別口計算に於ける利益を除外して申告したが大阪財務局よりの調査により調査官吏の調査着手前に被告会社より進んで別口利益の申告洩であることを財務当局に自白し、経理部長、経理課長に於て別口計算と本計算とを通算した決算書を作成の上大阪財務局長に申告し、大阪財務局長は之を是認したものである。従つて旧法人税法第二十九条但書の規定により免訴の言渡がなさるべきものである。然るに原判決は此の点について「証人山崎利夫、同吉本清、同南波竹雄の各証言によると大阪財務局査察部に於ては大会社を調査した結果終戦後どの会社に於ても益金の大部分を別口勘定として法人税申告書から除外し税法人税を免れている事実が判明し、被告会社も其の反則の嫌疑があるので、係官山崎利夫、南波竹雄等数名が被告会社本店に臨み調査をした結果南波竹雄が監査室に於て前掲別口金銭出納簿に基いて作成された工場別、別口売上勘定元帳を発見して任意提出を求め、被告人横山清松等が右別口金銭出納簿を山崎利夫に提出したのである〈以下省略〉」

として旧法人税法第二十九条所定の自首に該当せずとして弁護人の主張を排斥している。然し(イ)被告人会社にかけられた嫌疑と云うものは山崎利夫の証言によると「終戦後何処の会社も相当な利益をあげているがその大部分は別途勘定として一応法人税の申告書から除外されていたので、郡是も其の通りであつた。」と云うので極めて漠然としたもので具体的な脱税の嫌疑はなく、又任意的に会社へ調査に出かけたもので調査資料を見に行つた丈で、裁判所の許可を受けた調査ではなく、着手があつたとは考へ難い。(ロ)又同証人の証言では「別口金銭出納簿は経理課長と経理部長が提出したが、態度が紳士的であつたので任意返還した。」と云うのである。南波証人の証言によつても会社が帳簿を隠したりしたというやうな事実はなく、寧ろ会社の方から進んで調査資料として提供した如く見られる。

二、本条の自首は収税官吏に対して詐欺其の他不正の行為によつて税金を免れていたことを申出ることによつて其の効力があるものと考えられる。其の方法が書面で為されると口頭で為されるを問はず、調査終了前に於て真実を発見される以前に申出ればよいものと解せられる。而して被告会社は法人税逋脱の事実が判明する前に申告洩の事実を告げ、調査に協力したものであるから「自首又は税務署長に申出たとき」に該当し、当然其の罪を免ぜられるべきものであると思う。

原判決の此の点に対する判断は自首の事実を誤認したもので違法たるを免れない。

第四点原判決は訴訟条件を欠く事件につき不法に公訴を受理して実体的裁判をなし有罪を言渡した違法がある。

一、原判決は本件について国税犯則取締法第十二条の二に規定せられてゐる収税官吏の告発がなく訴訟条件を欠くので公訴棄却の裁判を為すべきに拘らず実体的裁判をした違法がある。

此の点につき原判決は「検察官の公訴権の行使を制限し告発手続を訴訟条件をしている場合は私的独占禁止法第九条の如く其の趣旨を明示している場合若くは国税犯則取締法第十三条、第十七条第一項議院に於ける証人の宣誓及び証言に関する法律第八条但書の様に法文の文言上又は関係法条と関連して其の趣旨が明らかな場合に限る」と為し、「国税犯則取締法第十二条の二は直接国税に関する反則事件の処理方法として収税官吏に告発手続を為すことを命じた訓示的規定に過ぎないのであつて経済調査庁法第二十六条の告発と同様訴訟条件ではない。」と判示してゐる。

二、然し国税犯則取締法第十二条の二は単なる訓示規定であるという解釈は誤つている。

間接国税に関する告発手続が訴訟条件であることは原判決も之を認めており、判例学説いづれも告発を以つて訴訟条件であると解している。然し乍ら間接税については収税官吏の告発が起訴条件であるが、直接税については然らずと区別する法文上、性質上の区別はないのみならず、犯情も法定刑も重い間接税のそれより納税者の不利益に加罰する理由は毫もない。

国税犯則取締法は税務官吏に対し其の徴税の目的を充分達せしめる為に強制的な調査の権限を賦与した反面、行政権の行使の限界を定めて其の処分は訴追機関たる検察官に属する事を明らかにしているのである。従つて収税官吏は税に関する犯罪ありと思料するときは必ず検察官に対して告発を為すべき義務あるものと解しなければならぬ。其の反面に税の逋脱ありや否やについての第一次認定は経理会計の専門家たる収税官吏に於て行うべきものであつて、此の事は租税犯が行政犯であることより生ずる当然の理でなければならぬ。従つて収税官吏より告発なき限り検察官は公訴を提起し得ず、之に反して公訴の提起があつた時は訴訟条件を欠くものとして公訴棄却の裁判がなされねばならぬわけである。

本件について国税局は法人税法第二十九条によつて追徴税を課した処被告会社は起訴前にすべて税金を完納して納税義務を尽したので告発しなかつたわけである。従つて公訴棄却の裁判をなすべきに拘らず訴訟条件を欠く本件につき実体的審判をした原裁判は違法の裁判たるを免れないのである。

第五点原判決の量刑は著しく不当である。

一、原判決の事実認定並びに理由は、弁護人に於て到底承服出来ないものであることは前述の如くであるが仮に百歩を譲つて原判決の認定が正当であるとするも原審の量刑は著しく不当であると謂わねばならぬ。

原審は被告会社に対しては四個の犯罪事実を認定して総計二千五百二十八万千八百二十九円の罰金を言渡し被告人横山に対しては懲役六月の実刑を課したのである。

二、まづ被告会社について考へてみると被告会社に対する大阪財務局更正決定は昭和二十四年二月七日及び二月十五日の二回であつたが被告会社は各々其の翌日法人税、追徴税、加算税等七千余万円を完納し、本件起訴のあつた昭和二十四年三月二十八日には一銭の滞納税金もなく、申告洩の税金はすべて完納してゐたのである。

而して多額の加算税を納入した被告会社に対し更に多額の罰金を課するは二重に処罰をするものであつて一事不再理の原則にも反するのである。被告会社は五十年の歴史を誇る我国有数の製糸会社であることは今更詳言するを要しない。特に生糸の輸出は三十年の古きに及び我国の経済復興の為にも会社企業の整備充実は国家的な問題である。斯る産業については国家的な保護を加へその発展を育成助長すべきものである。近来生糸の輸出不振の為会社の心死の努力にも拘らず資金難にあへぎ会社は多額の借入金の返済に苦んでいる次第である。而して右の事情は被告側提出の各証拠により充分之を認め得るに拘らず多額の罰金を言渡した原審判決は量刑不当であるといわねばならぬ。

三、又被告横山は経理部長の職にあつた為本件の責を負うことになつているのであるが、二十有余年一貫して被告会社に勤務し、人物手腕何等非難を加うべき点なきこと各証人の証言の如くである。其の行物も職責上止むを得ない事情の下に行つたものであつて其の社会的地位其の他の事情を綜合すると実刑を課せねばならぬ心要は全然ない。仮に原審認定の如き事実ありとするも軽き罰金刑の裁判がなさるべきものであると思料する次第である。

結論

以上の如く原判決には、(一)、事実の誤認(控訴趣意第一点乃至第三点刑事訴訟法第三百七十二条)(二)、不法な公訴受理(控訴趣意第四点刑事訴訟法第三百七十八条第一項第二号)(三)、量刑不当(控訴趣意第五点刑事訴訟法第三百八十一条)の瑕疵がありますので原判決を破毀して更に御取調の上被告人会社並に被告人横山に対して無罪の御判決を賜はりたいと存じます。

弁護人柏原武夫の控訴趣意

第一点原判決は不法に公訴を受理し且訴訟手続に法令の違反がある違法の判決である。

本件公訴は刑事訴訟法的効果を発生するに必要なる要件を欠いて居るので公訴は無効である、其の法律的根拠は刑事訴訟法第三三八条第四号と国税犯則取締法(以下単に取締法と称す)第十二条ノ二の法律である、検事が公訴を提起する為には取締法第十二条ノ二により収税官吏の告発が先づ必要である、そこで告発が訴訟条件である理由を述べるに

一、取締法第十二条ノ二は「収税官吏は間接国税以外の国税に関する犯則事件の調査に依り犯則ありと思料するときは告発の手続を為すべし」と定めて居る、本条文の文理解釈から言つても告発の手続が必要で任意規定でないことを知るに十分である。

若しこれが検察庁の言ふ様に単なる注意規定に過ぎないとすれば法人税法成定後本条文を追加成定する必要はない、刑事訴訟法第二三九条第二項「官吏又は公吏はその職務を行うことにより犯罪があると思料するときは告発をしなければならない」とゆう条文だけで十分である、然るに取締法成定後態々第十二条ノ二を設け「告発を為すべし」とゆう条文を追加した所以は税法の特種性を尊重し犯則事件を一般刑事々件と区別する為税に無理解な司法官憲の専断から解放し税窮局の目的を達する為には収税官吏の意思に委せ起訴を必要と思料するものに限り告発をさせる適当なる国家的裁断を俟つが税徴収の組織秩序から言つて妥当であると認めた為であるとゆうべきである。

二、間接国税に於ては告発が訴訟条件であるとゆう明文はないが解釈に於て判例学説とも一致して告発を訴訟条件と解して居る間接国税に於て告発を訴訟条件なりと解する根拠の一つに間接国税には通告処分に関する制度があるが直接国税には此の制度がないとゆうのである、然し間接国税にも一定の場合には通告処分をせず直に告発すべき場合を定めて居る点から推して通告処分の有無によつて告発を訴訟条件と認めるか如何かとゆう論拠は全く理由のないことと言はねばならない。

三、脱税犯は行政犯の一種である、従て一般の刑事罰と同様の原則を以て論ずることの出来ないものが多い、一般刑事犯の様に罪悪性を処罰する為にするものでなく国家に財政上の損失を生ぜしめしない事を担保することを目的とするものである。

形式的には刑罰であるが実質的には不法行為に基づく損害賠償に類するもので納税義務者が其の義務に違反して不正に其の義務を現実に逋脱することにより国庫に及ぼすべき金銭上の損失を防止することが唯一の目的である、これを民法に比較すれば恰も債務の不履行に対する損害賠償の予定とも見るべきものである(美濃部氏行政刑法概論一七四頁)、国庫に関し納むべき追徴税加算税等一切を完全に納めた以上国庫には金銭上の損失は全然ない、元来金銭上の損失を防止する目的で制定された法律である以上金銭上の損失が全然なければ国家の目的は完全に達成されたのでそれ以上に国家意思が発動する余地もなければ権利も存しない、租税の本質から推しても告発が訴訟条件であると解さなければならないことは勿論である。

四、原判決は経済調査法第二十六条の「告発すべし」と同様に解し訴訟条件でないと判示して居るがこれは全く経済調査法の本質を解せざるものゝ言である、経済調査庁の目的は同法第一条に定めて居る如く物資の生産配給、消費、物価に関する統制経済を円満に実施することにあるので本来司法経済警察がやるべき仕事である経済警察に対し所謂屋上屋を重ねたものであると一般的に言はれて居る所以である、故に司法警察員も検事も経済違反事件があれば調査庁員の意思を何等顧慮することなく自由自在に捜査する権利と義務を有して居る、仍て此の場合の告発は全くの任意規定でこれを訴訟条件なりと解するものはない、これを税法と同一に解するが如きは税法の目的本質を全く理解せざるものゝ言である。

大阪地方裁判所裁判官笠松義資、竹沢澄夫、園部秀信、守安清の諸氏は合著「新刑事訴訟法による刑事記録四四一頁」に於て直接国税に於ても告発は訴訟の前提即ち訴訟条件と解して居り大阪高等裁判所長官垂水克巳氏は同著に全面的賛意を表して居られるから同氏等は何れも告発を訴訟条件と解して居るものと思料する、仮りに告発が訴訟条件でないとしても次の理由により原判決は破棄さるべきである。

第二点原判決は検事が起訴した当初の起訴状によらず予備的訴因追加の申立書記載の公訴事実につき判決をして居る、然れども当初の起訴(以下本起訴と略称す)事実を排し予備的訴因を採用して判決を下す場合に於ては第一に審判の請求を受けた本起訴事実を何故に採らず予備的訴因を何故に採用して審判したか其の理論的根拠を十分納得ゆく様判決理由に開示し以て主文のありどころを明かに判示すべきであるに拘らず全然其の理由を開示せず直接予備的訴因に基き判決をしたのは刑事訴訟法第三七八号第四号の判決に理由を附せざる違法があると言はなければならない、本起訴については全然触れて居らない、それは本起訴と判決を併読すれば明かであり予備的訴因により判決をした事は昭和二十四年六月四日附京都地方検察庁検事別所注太郎の訴因の追加請求書記載の公訴事実と判決の理由を併読すれば明瞭である、審判請求を受けた本起訴の公訴事実について原判決は全然其の当否につき判断したる根跡なく直に予備的訴因につき判決せるは本起訴につき全く理由を附せず且審判請求した事実を審判せざる違法がある。

第三点原判決は検事が起訴した被告人横山清松に関する公訴事実訴因第一の事実に付法令の適用を誤り判断を遣脱した違法がある、原判決が採用した予備的訴因の第一を検するに「被告人横山清松は被告人会社の業務に関し云々」と記載して居り被告人横山清松を検事が起訴したことは極めて明白なる事実である、本起訴状を観ても冒頭に於て被告人会社と被告人横山清松の各身分及地位並に両者の関係を明かにしたる後「孰れも逋脱の目的を以て」と各訴因に共通する事項を前置して訴因第一乃至第四の各訴因に於て被告人横山清松と被告会社を起訴せることもまた極めて明白なる事実である。

然れども被告会社の従業員である被告人横山清松は当時法人税法違反罪の犯罪能力を有せざるものである、検事は犯罪能力なき被告人横山清松を訴因第二乃至第三の犯罪能力ある場合と同一視し起訴せるも訴因第一当時被告人横山清松に犯罪能力なきことは明治三十三年法律第五十二号法人に於て租税及葉煙草専売に関し事犯ありたる場合に関する法律により明かである、当時犯罪能力を有するものは納税義務者だけであつて納税義務者の代表者又は其の雇人其の他の従業者は犯罪無能力者であつた、従業員が仮りに租税法違反の所為をした事実があつたとしても法人のみを罰し其の行為者は罪責を負はないのである、検事は犯罪無能力者を能力者として起訴して居るのであるから被告人横山清松に関する訴因第一の起訴は訴訟手続の違背により当然無効であるから原裁判所は被告人横山清松の訴因第一については判決主文に於て「公訴を棄却す」る旨の言渡をしなければならない、何んとなれば訴因第一乃至第四は各独立の犯罪で連続犯ではないからである、併合罪中一罪につき無罪または公訴棄却を言渡すべき場合に於ては心ず主文に於て其の旨の判決を言渡すべきであるに拘らず被告人横山清松に対しては判決主文に於て単に「被告人を懲役六月に処す」とのみあり訴因第一に関する公訴の棄却の判決の言渡をして居らないのは審判の請求を受けた事実に関して審判をせず審理をつくさざる違法がある。

第四点原判決は罪とならざる事実を罪ありと断じ法令の解釈を誤り法律の適用を誤つた違法がある。

法人税法第四十八条第一項は「法人税を免れた場合云々」とある、本罪が成立する為には其の要件として一、法人税を「免れた」事実の現存すること二、詐欺または不正行為の存在すること三、前一、二項の間に相当因果関係の存在すること 以上の要件中其の一を欠いても本条の脱税犯は成立しない。

仍て本件につきこれを観るに本件公訴事実は何れも第一の要件を欠いて居る「免れた場合」とゆうことは法人税の納付を免れたとゆうことである、「免れた場合」とゆう犯罪は犯罪類型から云へば結果犯であり実害犯であり侵害犯である、従て単なる秩序犯でもなく危険犯でもない、法律上当然納めるべき税金を納めないですんだ結果其のものの存在することである、国家に対してはそれだけ損害を与えたとゆう結果が発生したことを云うのである、結果の発生が本条の構成要件である、免れた場合に於てはとゆうことは納めるべき税金を納めないですましたとゆうことである、即ち本条は「免れようとした場合」とゆう字句はない、本条は既遂犯のみを犯罪として処罰し未遂犯を処罰して居ない、直接国税の内旧相続税法は「免れた場合」即ち脱税既遂のみを罰して居たが新相続税法は「免れようとした場合」即ち脱税未遂を罰して居る、新相続税法に於ては何故脱税未遂を罰するに至つたかを検討し併せて法人税法に於ては脱税既遂のみを罰して居る点を特に注意して法目的をつかまなければならない。

凡そ税法は国家の金銭的収入を図る為めの法規であつて国家は納税義務者に対し所得額に応じて一定税率の下に課税して居るのである。

本件に於て福知山税務署長より法第二十九条による更正決定を受け法第三十二条により該決定の通知を受けたので被告会社は翌日(法人税法上は通知を受けた日より一箇月以内に納付すべきことになつて居る)全部納付して居るのである、国税当局の更正決定及其の通知は法人税法の第二十九条第三十二条による適法なる行政行為である適法なる、行政命令に関し被告会社は其の命令通り直に全額を納税して居るのである、其れを非難すべき法律上の根拠は絶対にない。

「免れた事実」は告発(若し告発を訴訟事件でないと解すれば起訴当時免れた事実即ち納税をしてゐない事実の存在)当時現実に税金を納めてゐないことが本件犯罪の成立要件である、収税官吏が一旦告発した場合起訴前に納税しようとしても告発により法第二十九条の更正決定は法律上失効して居るのであるから収税官吏はこれを受領することは出来ない、告発した以上は法第四十八条第三項により更正決定をなし同条に基く徴税を為すべきで法第二十九条による徴税の出来ないことは法第二十九条と法第四十八条第三項を比較対照すれば直に判る、それは恰も間接国税に於て通告処分をした際納税義務者が期間内に納税しない場合には収税官吏は該義務者を告発すれば通告処分は失効し告発後は仮りに納税義務者が納税しようとしても受納出来ないのと同様の理である。

法第四十八条第一項は同法第三項と併せて統一的合理的に解釈すべきである、第一項は裏面より解釈すれば第三項による更正決定をなし納税義務者より其の決定額を徴税出来る場合でなければならない、若し法第二十九条により更正決定がなされその額を納税義務者が全部納税して居れば法第四十八条第三項による更正決定は出来ない、此の更正決定が出来ないものは言を換へれば全部税を納めて居ることで第一項の「免れた」事実がない、即ち「免れて居ない」(旧法人税法第二十九条の逋脱)とゆうことになる、然らば本件に於ては被告会社は法第二十九条により更正決定額其の他追徴税、加算税の一切を納付して居る、仍て法第四十八条にゆう法人税を免れた事実は全然ないのに拘らず原判決は其の解釈を誤り免れた事実ありとして有罪と断じたのは違法である。

第五点原判決が中間申告の脱税を罰して居るは法の解釈を誤り法の適用を誤つた違法がある。

中間申告は概算申告的性質のもので確定的ではない、従て中間申告当時所得ありとして申告納税しても事業年度の終りに於て総益金より総損金を控除した額が中間申告当時より所得額に於て減少して居る場合もあるし全くの赤字で全然所得のない場合もあり得る、此の場合に於ては国庫は納税義務者に対し既に徴収した税金は納税者に返還しなければならないのである、此の場合国庫は納税義務がないものから税を徴収した事になるので一旦納めた税金を納税者に返還するのである、これは中間申告が概算的納税である証拠である、即ち政府は多く取り過ぎたと言つて税を返還するのに検察庁は税を納めない脱税であると言つて処罰出来ると云う解釈をとり原判決も此の誤つた解釈を其のまゝとつて居るこれは中間申告の性質を全々認識せず申告制度のみを観て税法全体の構造を顧みない誠に暴挙に等しい解釈であるとゆうべきである。

改正法人税法第四十八条は明かに中間申告の場合には脱税でないことを明記して居る、これは旧法時代でも中間申告の性質上当然脱税にならないのであるが其の点疑を容れる余地をなくする為め条文に特に明記したもので改正法人税法第四十八条も法人税法第四十八条も犯罪構成要件は全く同一である、原判決は罪とならざる事実を有罪と断じ法の解釈を誤つた違法がある。

第六点仮りに法人税を免れた事実があつたとしても刑の量定に於て著しく不当と信ずる、脱税犯に於て刑の量定上最も重大なる根拠とすべき点は脱税したとゆうその税額を納税したか如何かの点にある、納税したにしても其の時期に於て一、更正決定通知後直に納税した場合二、更正決定の通知後期間経過後納税した場合三、納税期限後督促により納税した場合四、督促だけでは納税せず差押競売等により納税した場合五、告発後納税した場合六、起訴後納税した場合等同じ納税したにしても其の時期により刑の量定は相当考慮しなければならない。

仍て原判決の理由を観るに刑の量定上最も重大である更正決定通知後全額納税し国家には現実に銭余の実害をも与えて居ない事実を全く看過し一点も此の面に触れずに各主文の刑を選んだ事は刑量定の基礎を誤つたものである、此の点については量刑上判決理由中に当然被告会社は更正決定後直に税額全部を納税した事実があると云う旨を開示して判断の妥当主文の刑のよつてもつて立つ根拠を示さなければならないのに拘らず全くこれを欠除した原判決の刑は著しく重いと謂はなければならない。

更に刑の量定上参考となるべきは改正法人税法第四十八条の成立範囲の点と刑罰の点である、また同法第四十三条の二を観るに重加算税を認め「法人が課税標準又は欠損金額の計算の基礎となるべき事実を隠ぺいし又は仮装した云々」の場合は重加算税を課すと定めて居る、改正法人税法第四十八条は原則として五百万円以下の罰金に処す旨を定めて居る、唯情状により例外的に五百万円以上に罰することが出来る旨を同法第二項に定めて居るがそれでも法人税法第四十八条より遙かに軽るい刑罰に変更して居るのである、情状が良ければ一番重くて五百万円の罰金に過ぎないのである。

本件に於て情状の点を観るに告発のない事、法第二十九条の更正決定通知後(納期は一箇月以内)翌日全額を納税し国庫に全然金銭的損害を与へて居ない事、其の他証人惣川豊、吉本清、大槻清一郎、小雲嘉一郎各供述弁証の各証拠により極めて明白である、然るに原判決は此の重大なる納税事実を全然判決理由に開示しないのは主文の刑の量定を誤つたものと云はなければならない、脱税事件に於て脱税したと称する税金(更正決定額加算税、追徴税)全部を納めた事実を量刑上判断せざるが如き原判決は重大なる失態で刑の量定著しく不当と言はなければならない、被告人横山清松に対しても被告会社と同様の理由により刑の量定著しく不当と信ずる。

その上被告人横山清松は二十数年同会社の為めに一身をあげて尽し漸次昇進して経理部長となり極めて清廉の志であることは社の内外を問はず同人を知るものは深く同人に敬服して居るのである、原審に於ける証人郡是製糸株式会社従業員組合長塩見敬二郎の供述によつて其の点一層明かである、同証人は裁判官に対し「人間横山としては同人は清廉潔白で責任感強く公私の別を明かにし部下を制し部下を育て家庭生活に於ても迚も質素であり又部長横山としては作業に熱心でありこれまでの経験から見て彼を尊敬して居ります、終戦後の復興には彼が非常に努力して居ります、更に従業員との交渉に付て良く従業員の立場を理解し彼が居らなかつたら交渉が進展しないのです、横山経理部長の立場は会社からも我々の立場からも不可欠な問題であります」と言つて居る、被告横山は全く私利私欲を離れ被告会社に極めて忠実であることは顕著な事実である。本件は国家に全然実害なく税は全額納めて居る以上此の清廉なる被告人横山清松に対し実刑を科すが如きは刑の量定を著しく誤つた極めて重い判決と云はなければならない。

弁護人柏原武夫の控訴趣旨補充

先きに提出したる控訴趣意書の第一点に付左の通り補充陳述する。

法人税法(直接国税)違反事件に付いては収税官吏の告発を刑事訴訟法上当該起訴をして適法且有効ならしむるに絶対必要なる訴訟条件であると信ずる。

一、法律上起訴が適法且有効に成立する為にはその前提として特定人又は特定機関の訴追を求むる意思を必要とせる場合と然らざる場合がありこれを要する場合次の四種がある。

(一)請求を訴訟条件とする場合

(二)同意を訴訟条件とする場合

(三)告訴を訴訟条件とする場合

(四)告発を訴訟条件とする場合

(一)請求を訴訟条件とする場合

(1)刑法第九二条の外国国旗等の損害等事件は外国政府の請求を待つて其の罪を論ずる。

(2)労働組合法第三三条は労働者に対し不利益取扱の罪は労働委員会の請求を待つて之を論ずる。

労働関係調整法第四十二条第三十九条は抜打争議の禁止、争議行為の禁止、不利益取扱禁止の罪を規定し労働委員会の請求を待つてこれを論ずる。

(二)同意を訴訟条件とする場合

憲法第七十五条により国務大臣は内閣総理大臣の同意がなければ訴追されないのである。

(三)告訴を訴訟条件とせる場合

(1)刑法に名誉毀損、秘密を侵す罪、強制猥褻、強姦、過失傷害、私文書毀棄、器物毀棄、信書隠匿がある。

(2) 私的独占禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二十二年四月一日法律第五四号)第九十六条、第八十九条、第九十条の罪は公正取引委員の告発を待つてこれを論ずる。

(四)告発を訴訟条件とする場合

(1) 国税犯則事件

(2) 議院に於ける証人の宣誓及証言等に関する法律第八条

二、直接国税犯則事件に於て告発が訴訟条件であることを明かにする為先ず直接国税と間接国税の差異を観るに税の性質から言えば両者は全く同一で性質上の区別はない。只異るのは直接国税は納税義務者が担税者であり担税者即ち納税者にして担税者と納税者とは同一人格者である。然るに間接国税に於ては納税者と担税者とは別の人格者であると謂うだけの事である。

直接国税犯則事件と間接国税犯則事件とは均しく税法犯であるから其の犯則事件の処分に当りては一元的に同一の手続法規を適用することが従来より理想であると言われていたのである。それが昭和二十一年八月三十日に至り始めて一元化され国税反則取締法とゆう法律によつて取締ることになつたのである。

三、直接国税違反事件にも告発が必要であると言う理由を明白にする為に順序として何故間接国税事件には告発が必要であるか其の根拠を論じ然る後直接国税に於ける告発を論ずる。間接国税犯則事件に付告発が訴訟条件であることについては学説判例とも争いのないところである。然し直接其れを規定した明文はない。それは法律上の解釈によつて訴訟条件として居るのである。何故左様な解釈をするかそれには三つの理由をあげることが出来る。

(一)国税犯則取締法第一四条(間接国税犯則者処分法第一四条)の通告処分の規定である。通告処分を履行しない時始めて告発すると定めて居るのである。

(二)同法第一五条通告ありたる時は時効を中断する。

(三)同法第一六条犯則者通告の旨を履行したる時は同一事件につき訴を受くることなし。即ち税金を完納すれば履行期間以後に於いても処罰しないとゆう規定である。

四、然し通告処分制度があるから間接国税に於いては告発が訴訟条件であるとゆうのは理由にならない。何となれば間接国税の中には通告処分をせず直に告発し得る場合があるからである。その場合は四つあります。

(一)通告処分は刑事処分としては罰金科料に該当する。

犯則事件についてのみなし得るに止まり情状が懲役刑に処すべき場合には通告処分はなし得ず直に告発しなければならない。(東大教授杉村氏・法学博士渡辺氏共著新法学全集行政法各論上一五五頁)(犯則法第十四条)

(三)犯則者に対し通告不能のとき。(取締法第十七条)

(四)犯則嫌疑者の居所不分明、逃避の虞あるとき証拠湮滅の虞あるとき。(取締法第十七条)

以上の場合は通告処分を要しない。直に告発が出来ることは取締法第十三条第十四条第十七条に各定めて居る「直ちに告発すべし」とある条文の字句と直接国税第十二条の二の「告発すべし」とは全く同一字句である。而して間接国税に於て前記(一)乃至(四)の場合には通告処分を要しないがそれでも告発は訴訟条件として居るのである。然らば直接国税に於て通告処分がないから告発が訴訟条件でないと言うことは全く理由のないことになる。

直接国税には告発が訴訟条件でないとゆうのは間接国税取締法だけよりなかつた時代の遺物である、国税犯則取締法第十二条の二の条文がなかつた当時の議論である。取締法第十二条が出来其の後である昭和二十三年七月同条の二として新しく条文を挿入し改正した以上その条文通り素直に解釈すべきである。第十二条の二が出来ている現在に於て其の条文のもつ重要性を無視し依然として此の条文のなかつたときと同一の解釈をとり同一の処置を講ずるが如きは法律の精神を全く蹂躙し適用すべき法律を適用しない違法がある。

通告処分の有無によつて告発の要否を論ずることが全然理由のない事は以上の理由により明白になつた事と思う。

五、直接国税に於て告発が訴訟条件でないとする見解は昭和二十三年七月二十五日法務庁検務局長の通牒である。其の通牒には「改正法第十二条の二に収税官吏は間接国税以外の国税に関する犯則事件の調査により犯則ありと思料するときは告発の手続を為すべしとの一条が新に設けられたため間接国税以外の国税に関する違反事件もまた間接国税に関する違反事件に於けると同じく財務局長税務署長又は収税官吏の告発が訴訟条件たる性質を有すること換言すればこれらの官吏の告発がなければこの種間接国税以外の前記国税に関する事犯について提起も審判も出来ないことゝなつたと速断する虞があるが犯則事件として調査した事件の処理方法を規定したに過ぎないものであつて告発を訴訟条件としたものではないのである」とゆうのである。

此の検務局長の通牒には二つの問題があります。

(一)検務局長が斯様な通牒を出すこと自体既に法務庁に於ても直接国税には告発が訴訟条件であると言う意見があることを裏書きして居るものである。若し此の条文が何の疑いもなく刑事訴訟法第二三九条第二項の告発と同様に単なる義務告発程度のものにして注意的規定にすぎないものであると言うのであれば斯様な通牒を検務局長がわざわざ出す筈がない。通牒まで出して居るところに本件告発の重要性は一段と加重されて居ることを十分よく味うべきである。

(二)通牒には「犯則事件として調査した事件の処理方法を規定したものである」と言つて居る。そう言えば間接国税の告発もまた処理方法を規定したものであるといわねばならない。

此の処理方法を規定したものであるとゆうことは如何なる意味に解すべきか。国税犯則取締法による調査をしたとき収税官吏は(イ)犯則の心証を得たとき(ロ)犯則の心証を得ないときの二つの内の何れか一つの場合である。調査の結果犯則の心証を得たときの処理方法は告発せよ、犯則の心証を得られないときは告発すべからずと言うことを意味して居るのである。誰が読んでも検務局長の通牒を以てしては尚未だ告発が訴訟条件でないとゆう理由をのみこむことは出来ない。寧ろこれは訴訟条件とも解されるが検務局長に於ては訴訟条件とは解しないとゆう単なる一つの見解を示したものに過ぎない。従て法律的に権威のある絶対的のものでないことは言うまでもないことである。

六、私は第十二条の二の告発は間接国税の告発と同様に訴訟条件であると信じるので其の理由を述べる。

(一)条文の文理解釈から言つて単なる注意規定でなく強行規定であると言わねばならない。国税犯則取締法第十二条の二は「収税官吏は間接国税以外の国税に関する犯則事件の調査に依り犯則ありと思料したるときは告発の手続をなすべし」と定めて居る。条文の構成は命令的である。調査の結果犯則あれば告発をせよ犯則の心証を得たるに拘わらず告発しないことは処理方法に違反して居る。検事の起訴猶予制度に対応する収税官吏の告発猶予制度は認めては居らないとゆうことである。故に犯則嫌疑者として収税官吏から取調べを受けたものでも調査終了後告発がなければ収税官吏に於て犯則事実がなかつたとゆうことを証明して居るものである。犯則があれば告発しなければならないとゆうことは言語をかえて告発しないとゆう事は犯則事実がないとゆう事を裏書して居るのである。

収税官吏の調査には二つあります。法人税法第二十九条第三十条第三十一条第四十六条の調査(本件調査は法人税法による調査である惣川氏証言)と取締法による調査である国税犯則取締法に於ける調査手続は刑事訴訟法に於ける捜査手続きに該当するがその執行を為す機関はこれと異なり収税官吏自らこれに当り警察官吏は臨検捜査又は差押をなすに当り収税官吏に於て必要と認めたときこれに応援する程度を出ない(取締法第五条)。警察官吏が収税官吏をさしおいて捜査をすることは此の法律に違反する。只収税官吏より応援を求められたときには拒否出来ない応援の義務があると言うことを定めて居るのである。検事も又収税官吏に対して協力的態度に出るべき事を意味して居るのであつて収税官吏の意思に反して即国家の意思に反して犯則事件の捜査押収等すべきでない。国税庁から協力方を要求されたとき始めて検察官は活動するたてまえになつて居るのである。本件の如きは検事が国税庁の意思に反し然かも全く罪となるべき事実が存せざるに拘わらず起訴したもので違法な起訴であることは言を俟ないところである。国税に関する犯則が発生すると収税官吏はこれに関する調査手続を開始することが出来るがその認定は収税官吏の心証を基礎とすることは勿論である(前著書一五二頁)。犯則の有無は収税官吏の認定によるのであつて検事の認定によるものではない。こゝが一般刑事犯と異なり税法特有の制度であることを知らねばならん。収税官吏の認定にまかして居る。まかされたる収税官吏が犯則ありと認定すれば始めて検事に対しては告発の手続によつて協力を求めそれが有罪になれば第四十八条の第三項により課税標準を更正して税を徴収するのである。

(二)間接国税に関する告発部分の条文と直接国税に関する取締法第十二条の二の告発条文との比較対照。取締法第十三条の第一項は、「直に告発すべし」第十四条第二項「直に告発すべし」第十七条「告発の手続をなすべし」と各規定し字句の構造から言えば同法第十二条の二と全く同一の字句を使用して居る。而して第十三条第十四条に於ては何れも告発が訴訟条件であることは異論がない。然らば全く同一の字句を使用して居る以上第十二条の二も訴訟条件でなければならない。特に同条の二は税法の特性を尊重して後から特別に制定された理由を注意すべきである。

(三)直接国税には通告処分制度はないが実質に於ては其れに準ずるものとみるべき通知制度がある。税法犯取締の目的は国家徴税権の確保である。現に脱税額があればその脱税額をとれば国家は徴税の目的を達するものである。此の目的を達しさえすれば強いて犯罪者を作る必要がないと言うのが法律の精神であり従来は勿論現在に於ても税法犯に対する根本観念である。その事はまたシヤウプ博士の税に対する観告文を読んでも其の精神を知る事が出来る。間接国税に於ては通告処分をしてそれを納めれば告発はしない納めなければ告発すると言うのである。犯罪があつても納めれば告発しない。勿論処罰は出来ないと言う事を決めて居るのを観ても如何に税金の完納に重点を於いて居るかを知る事が出来る。

直接国税に於ては通告処分はないがそれと全く類似の性質を有する法人税第四十六条による調査の結果第二十九条の課税標準の更正決定第三十一条の再更正決定第三十三条追徴税第四十二条加算税第四十三条増加徴税(百分の二十五の追徴税)以上の更正決定再更正決定追徴税加算税は法第三十二条法第四十四条により通知する。此の通知は間接国税に於ける通告処分と実質に於て同一である。何となれば追徴税、加算税は実質に於て一つの処罰に等しい性質で形式は行政処分であるが実質は司法処分である。間接国税に於ける通告処分が実質に於て刑罰的性質を有するのと同一である。此の直接国税の追徴税が刑罰的性質を有することはシヤウプ博士の税制改革の勧告文を見てもよく判る。同勧告文の第十四章に罰則として

(1) 所得税の罰則に関する現行制度は徹底的に改正を要する。当然罰則のあるべきところに全然なく或る罰則はあまりにも重過ぎる。具体的には我々は次の通り観告する。

(2) 期限内に納税しなかつた場合にその遲延がいかに軽微であつても税額の二十五%を課する現行の罰則はこれを引下げ遲延の期間に応じて伸縮させるべきである。

(3) 現行の税の滞納に対する年約三十一%乃至七十一%の利子徴収は税務署が納税を督促するときまでは年十二%相当額且それから後は年二十四%相当額に引下げること。

現在の様に高い延滞利子は自壊的なものである。これは納税者をして短期日のうちにとりかえしのつかない程滞納させる傾向をもつ。現在滞納税の量が著しく多い一つの理由は恐らくこれなのである。

といつて追徴税を罰則の部に定めて居る点から見ても実質に於て罰的性質を有するものであることを知るのである。罰的性質を有すればこそ法人税法第四十八条第一項による判決により同法第三項による課税標準の更正をするときは追徴税加算税等を徴収することは出来ないのである。

収税官吏が法第三十二条法第四十四条により処分通知をして其の通知額を納税者が全部納めたときは国家の徴税権は事実に於て全然侵害を受けて居らない。納税者から見れば税金は毫厘も免れて居ない。それは間接国税に於ける通告処分の履行と同様である。

通告処分を履行すれば国家の徴税権は全然侵害されて居ない。故に間接国税に於ては通告処分を履行すれば履行と同時に公訴権は消滅する事は学説判例とも争いのないところである。

これは税を完納すれば国家の租税目的は十分に達成したも同一であるからである。これと同様の理由により直接国税に於ても通知処分を受けた金額を納めれば公訴権は実質的に消滅するのである。

七、本件は租税法の特質から見て告発を訴訟条件とすべきである。

脱税犯は行政犯の一種で特殊の性質を有するものである。刑事犯に比較して著しく性質を異にして居る。これに対する処罰は一般の刑事罰と同様の原則を以て論ずることの出来ないものが多い。一般刑事犯の様に罪悪性を処罰するためにするものでなく国家に財政上の損失を生ぜしめない事を担保することを目的とするものである。形式的には刑罰であるが実質的には不法行為に基く損害賠償に類するもので納税義務者が其の義務に違反して不正に其の義務を現実に逋脱することに因り国庫に及ぼすべき金銭上の損失を防止することが唯一の目的である。これを民法に比較すれば恰も債務の不履行に対する損害賠償の予定(民法四二〇条)とも見るべきものである(美濃部氏行政刑法概論一七四頁)。国庫に対し納むべき追徴税加算税等一切を完全に納めた以上国庫には金銭上の損失は全然ない。元来金銭上の損失を防止する目的で制定された法律である以上金銭上の損失が全然なくなれば国家の目的は完全に達成されたのでそれ以上に国家意思が発動する余地もなければ権利もない。

八、国庫に金銭上の損害をかけない為には直接その衡に当つて居る収税官吏の意思を尊重すべきことは当然である。それは国税犯則取締法に収税官吏は犯則事件を調査する為犯則嫌疑者に質問物件の検査領置臨検捜索、差押証拠集取の権利を与えて居る点から推しても知るべきである。この場合警察官は応援を求められたならば之に応ずると言う取締法第五条の条文からしても収税官吏の意思を尊重しなければならない。

検事が一般刑事犯に対してなす押収捜索等と比較して其の目的は同一ではない。前者はどこまでも徴税権の確保を本質的目的として特に収税官吏に調査権を与えておる、然るに後者は犯人及証拠の発見を目的として居るのである。

九、告発は収税官吏の専属権である。収税官吏以外のものにはない。犯則の心証は収税官吏の認定によることは前に申し上げた通りである。収税官吏に於て告発を要しないと思料したことは結局国家に於て告発を要しないと考えたことであり税に関する限り税務官庁の意思が優先する。税務官庁の意思が税に関する限り国家の最終的意思である。同一事実に付国家の意思は一つで一つに限るのが原則である。国家の意思が同時に二つ存在することは許されない。国家は徴税に関し国家の最終的意思決定を国税庁に一任して居る。故に国税庁に於て告発しないと意思決定すればそれは国家そのものの意思決定である。従て国家機関である検事も国家の決定的意思には服従しなければならない。検事と雖も国家のもつ以上の権限をもつ事は絶対に許されない。

検事の権限は当然国家のもつ権限内に止るべきで若しそれ以上に出た場合は許されざる違法の行為として非難されるべきである。それは権利の乱用である。

国家の税務官庁が告発しないとゆうのを起訴することは国家が同一事実に対し同時に二箇の意思を有することになる。それは国家の本質論から謂つても絶対承服出来ない事である。税は財務庁の所管である。税に関する対策は財務庁の意思に任せることが国家の一番利益であると謂うので法律は告発制度を設け態々取締法第十二条の二の条文を追加したのである。

通告処分を受けたものが全額納付したのに拘らずこれを起訴することは二重に処分を加えようとするものである。二重課税は国内に於て許されないのみならず国際的にみても許されないのが原則である。その為各国に於ても二重課税の防止を目的とする協定をして居る。本来国際的の二重課税は二以上の独立国家が同一納税義務者に対して同一物件につき同種の租税を課する場合に発するが此の二重課税を防止する為相互主義により免税をなすことを条件としてこれを免除すべきものとして協定を設けて居る。我が国に於ても戦前に於て外国船舶税及営業税に付英・仏・独・和・諾の諸国との間に相互主義をとり相互免税の協定をして居た。これは世界を通じ二重に課税をすることは許されないとゆう世界法的な理論によるものである。国際関係に於て然り況や国内法関係に於て二重課税の許されないことは当然と謂わねばならん。

二重処罰は憲法違反である。間接国税に於ては二重処分は絶対に許されない。これに対しては何人も反対論を主張するものはない。直接国税に於ても二重処分の許されないことは天の理である。憲法の二重処分禁止を規定したのは当然の事由を記載したにすぎない。

一〇、原審判決は経済調査法第二十六条の告発すべしとゆう条文と同様注意的規定で訴訟条件でないと判定して居るがそれは根本的に間違つた意見である。何となれば経済調査庁の目的は同法第一条に定めて居る如く物資の生産配給消費物価に関する統制経済を円満に実施することにあるので本来司法警察がやるべき仕事の内経済的に相当重要な仕事を司るために設けられたものである。経済警察に対し所謂屋上屋を重ねたものであると一般的に言われている所以である。故に司法警察官も検事も経済違反事件があれば調査庁員の意思如何にかゝわらず自由自在に自ら進んで押収捜査等をなすべき権利と義務を有するものである。

然るに犯則取締法は法自体及法人税により知る如く国家の収入確保を目的とするもので経済調査庁法と全く其の精神を異にするものである。検事も原判決と同意見であるが全くその区別を知らないものの言でとるに足らない。

一一、此の理論を価値づける為に私は西尾末広氏の偽証事件を取り上げて見たいと思います。此の事件は議院に於ける証人の宣誓及証言に関する法律(二二、一二、二三法二二五)違反事件であります。同法第八条「各議院若しくは委員会又は両議員の合同審査会は証人が前二条の罪を犯したものと認めたときは告発しなければならない」云々とある。これは国税反則取締法の第十二条の二の条文と字句に於て全く同一である。

問題は西尾末広氏の議院の偽証問題である。同氏に対しては議院の告発がないのに拘らず東京地方検察庁は偽証罪で起訴した。其の事件は告発がないのであるから起訴出来ないことは勿論であるが検事は此の訴訟条件を無視して西尾氏を起訴した。下級裁判所に於ても検事の解釈と同様の見解で告発は訴訟条件でないとゆう理由で公訴棄却の判決をせず無罪を言渡した。最後に最高裁判所に於て始めて告発は訴訟条件であると認定し告発のない当該事件は起訴自体が不適法にして無効であると謂う理由の下に公訴棄却の判決をした。これは当然の事である。而して此の判決は国民に二つの事を教えて居るものと思う。

(一)は立法府内に於ける行動は立法府の自主性に任せるべきである。立法府の自治に任せるべきである。各議院が如何にしても処罰を要求しなければならないとゆう意図の下に検察庁に告発したとき検察庁は始めて捜査をなし犯罪の心証があれば起訴すべきである。嘗ては国務大臣をしていたものを起訴するのであるから法務総裁や検事総長にも起訴の可否に付ては事前に相談した事は当然である。然るに尚斯くの如き大失態をなして居るのである。立法を司る立法府に於ける出来事は立法府の意見を十分尊重すべきは当然である。立法府に於て処罰を求めるとゆう意見が外部に現れ更に手続的法定の要式を具備した意思表示があれば起訴すべきである。然るに立法府に於て何等その意思を示さず告発がないものを検事が起訴しなければならない理由は全く解せない。

(二)検察庁の独断的見解で立法府の意思に反して自治権発動に介入することは立法権の侵害である。憲法上三権分立して互に相犯すことなく尊重すべき立前である。行政部に委され行政権の活動範囲内の事に付いては行政府の解釈に従う事が即ち国家の意思に従うことである。それが法律を守ることになるのである。検察庁は法律によつて仕事をして法律によつて事件を処理すべきである。又国民も検察庁が法律を無視するとは夢にも思つて居ない。然るに此の偽証事件に於ては告発がないのに検事は起訴して居る。これは全く法律を無視した態度であると言われても弁解の辞はありますまい。

検事総長にも相談し裁判所に於ても告発は訴訟条件でないとしたものが最高裁判所に於て始めて告発は訴訟条件であると判決されたのを見れば本件に於ける告発が訴訟条件でないとゆう検務局長の通牒の如きは何等権威のないものであることを知らねばなりません。

一二、別紙添付の判決は東京高等裁判所第一刑事部判決であるが同判決も弁護人と同意見で法人税法違反事件については国税反則取締法第十二条の二により収税官吏の告発は訴訟条件であると判じている。

別紙判決文〈省略〉

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